日々の恐怖 4月2日 ダウンタウン(4)
僕はショックを受けてしばらく突っ立ったまま、しばらく男を見つめていた。
すると、彼は再び、僕に向かって動き始めた。
今度は踊り歩きではなく爪先立ちでやけにおおげさに動く。
まるでマンガのキャラクターが抜き足差し足で忍び寄ってくる。
ただひとつだけマンガと違ったのは、男の異常な速さだった。
その場から逃げるなり、ポケットの防犯スプレーを構えるなり、携帯電話をかけるなりすればよかったのだが、笑顔の男が忍び寄ってくる間、僕は凍り付いて何もできなかった。
男は僕から一台の車分くらいの距離の位置で立ち止まった。
彼はまだ笑っていた。
目は相変わらず虚空を見つめていた。
僕はなんとか声の出し方を思い出し、最初に心に思ったことをそのまま口に出そうとした。
「 何の用だよ!」
と怒った調子で言おうとしたのだが、結局口から出たのは、
「 なんの・・・・・・。」
という、泣き声のようなものだけだった。。
恐怖の匂いを嗅ぐことはできるか。
それは分からないが、少なくとも恐怖は聞くことできるということをそのとき学んだ。
僕の出した声は、恐怖という感情そのものだった。
そして、それを自分で聞いて、僕はより怯えてしまったのだった。
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