一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『超・格差社会アメリカの真実』 (後編)

2007-02-02 | 乱読日記
昨日のエントリの続きです。

本書の最後での筆者の言葉を、ちょっと長くなりますが引用します。
70年代に女性としてキャリアを自力で切り開いてきた人の言葉には重みがあります。

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 ニートやフリーターの問題は、経験を積むにしたがって報酬が増える見込みがない、つまりキャリア・パスが見えないことが問題視されている。しかし学校を卒業した人全員が、自動的にキャリア・パスを保障される(べき)という前提は、非現実的といわざるを得ない。
 考えてほしい。日本では高度成長期にあってすらも、女性には、つまり新卒者の半分には、キャリア・パスは制度的に存在しなかった。
 私事になるが、筆者が大学を卒業した1975年には、女性の総合職はおろか、そもそも大卒の女性を雇用する大手企業は皆無に近かった。たまに雇用する企業があっても、採用条件は「高校卒業で4年の職歴を持つ女性社員と同等」というのがせいぜいで、それは「生涯補助職」、つましキャリア・パスが存在しないことを意味していた。当時一般的な慣行だった扶養手当や社宅などの制度も、女性はもちろん対象外だった。止むを得ず女性にも受験資格があった国家公務員試験を受け、筆記試験を無事通過しても、最後の面接試験では民間企業と同様に、女性は以下に無能で役に立たないか、懇々と説明を受けたものだ(女性を採用したことがほとんどないのに、どうして自信満々でそのような説明ができたのか、筆者の疑問は未だに解消されていない)。
 そんな中で筆者が高卒5年目のエコノミストとして就職できたのは、稀有な幸運だった。
 今の就職戦線には女性も加わって、しかも大学進学率は一層上がっているのだから、男女合わせて新卒者の半分にキャリア・パスが提供されないとしても、それは高度成長期の実態と変わらないように筆者の目には映る。
 キャリアは誰か(会社)から与えられるものという前提もおかしい。人生は与えられるものという発想は、身分制度があった時代なら止むを得なかったろうが、幸いにして日本にはカースト制度はないし、地理的な移動も自由だ。さまざまな差別も解消されてきて、転職に対する偏見も薄らぎ、機会も増えた。
 もはや押し付けられたキャリアや人生設計に従う必要がなく、自分で人生を作っていけるようになったのは、むしろようやく手に入れることができた権利であり、機会ではないだろうか?
 技術革新が早く、ライフスタイルも環境もすべての変化が早くなっている今、50年近い生涯労働期間を通して、大半の人が同じ業種や同じ企業で、あるいは想定した通りのコースで働けるという前提も、時代錯誤と言わざるを得ない。
 今の時代環境を前提にしたら、必要なのは、職業訓練を生涯続けられる仕組みや、そのために必要な基礎教育、そして職種や勤務先を変えやすい雇用慣行や法体系のはずだ。
 そう考えると、経済力を落とさずに、有効な競争をなくさずに、日本社会で格差が固定化するのを食い止め、皆が元気でより幸せになれるための手立てはいくつもある。無論そのためには、日本社会を構成する個々人の発想の転換や意識改革と同時に、問題を解決する強い意志と真剣な努力が必要なことは言うまでもない。他人任せで解決を望んでいたら、期待が外れても致し方ない。

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ふと思い出したのが高村光太郎の「道程」

これ、確か僕の頃は中学の国語の授業でやっていたのですが、結局「僕の前にある道」を歩く人が多いからという、逆説的な意味で取り上げられていた、ということなんでしょうか・・・








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