一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『「小泉規制改革」を利権にした男 宮内義彦』

2007-02-26 | 乱読日記
書名ほどは暴露・告発風でなく、1996年に行政改革委員会規制緩和小委員会座長に就任して以来昨年まで規制緩和推進の委員会のトップにいた宮内義彦氏と規制緩和の波に乗って事業を展開してきたオリックスの成長の関係を比較的冷静に概観した本です。

逆に言うと、今までの経緯をうまくまとめてはいるのですが、いまひとつつっこみが足りないようにも感じました。

オリックスは確かに規制緩和された分野があると真っ先に進出してきたわけですが、それが本業の拡大には寄与したかもしれませんが(本書にもあるように)新規事業がすべて成功しているわけでもない印象もあり、オリックスが「インサイダーとしてのアドバンテージ」を得たのか、単に当たらし物好きの経営者だったのか(立場上・スタイル上進出せざるを得なかった?)、というあたりがいまひとつはっきりしませんでした。


個人的には

1991年に第三次行政改革推進委員会「豊かなくらし部会」委員以降政府委員として食い込み、のぼりつめることがことができたのか。そこにはリース事業の所管官庁(で、許認可権を比較的持たなかった)通産省との蜜月関係があったのではないか--ノンバンクのCP発行を認めさせたとか、その後のM&Aの推進などは、政策官庁への脱皮(というかあたらしいショバ)を探していた通産省(経産省)の後押しがあったんじゃないだろうか。
とか
敵の敵は味方じゃないですが「反大蔵(金融庁・財務省)」という点で日銀プロパーの福井総裁や経産省の村上氏との接点ができたのではないか。そこと小泉政権、竹中チームとは利害が一致したのか主義主張が一致したのか。
とか
2005年初頭からリース会計・税制の見直し論議が復活した(これはオリックスにとって影響が甚大)のは、大蔵省・財務省側の巻き返しが始まったのか。
とか
結局小泉政権(小泉総理のエネルギー自体も?)は2005年の総選挙の勝利と郵政改革法案の成立がピークで、その後のライブドアや村上ファンド問題などは潮目の転換を象徴する出来事だったのではないか。

とか、そのへんのところを掘り下げてほしかったです。


改めて考えると、小泉首相は総選挙の大勝と郵政改革法案可決直後に2006年で辞任することを表明しましたが、ブームのピークだったということを一番わかっていたのが彼だったのかもしれませんね。


(追記)
オリックスと宮内さんについては、以前こんなエントリを書いてました。
宮内さん(オリックス)のイメージってそんなに良かったんだ、という話。








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