一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

大塚についての昔話

2007-02-20 | 自分のこと
昔話ついでに大塚の話を少々。

今ではお隣の池袋とは比べるべくもないのですが、戦前は閑散としていた池袋とは違い、駅前に白木屋デパートがあり三業地(もはや言葉の由来をご存知ない方も多いでしょうからこちらをご参照)も擁する立派な繁華街だったようです。
(詳しくは大塚の発展の歴史参照)

白木屋デパートは僕が生まれたときには既になかった(建物自体も残っていなかったので空襲で焼けてしまったのでしょうか?)ですが、三業地はその名残を残していました。今でも庶民派イメージの大塚に似合わず(失礼!)ちょいと高級なお店があったりしますし、通りの名称としては今も残っています。

また、僕の子供の頃は鈴本亭という寄席(上野鈴本亭との関係は不明)が「鈴本キネマ」という映画館に変わっていて、よくゴジラなどの怪獣映画を観に行ったものです。

このように昔栄えていたのは駅の南口の方で、北口は戦後ひらけたところらしく、妙な勢いに溢れていました。


子供の頃大塚で有名だったのは「おおつかぁ~ かどま~ん」というナレーションとビルの上に原寸大の金閣寺が載っている(参照)という「角萬」という結婚式場で、大塚に住んでいるというと必ず引き合いに出されて恥ずかしい思いをしたものです。

中学に上がったくらいからは(これもCMが有名だった)「キャバレーロンドン」などの風俗店が増え始め、妖しい雰囲気をかもし出し始めました。

世界チャンピオンまで輩出した角海老宝石ボクシングジムも、元はト○コ風呂(当時)と宝石鑑別商(前者のほうが本業?)で、いきなりボクシングジムを始めたときは、地元でも驚かれました。

そんな町なのでやはり地元にはヤ○ザがいました。
当時は広域暴力団の支配下というよりは、地元に根付いたこわもての人たちという感じで、地元民が迷惑をかけられたという話はあまり聞きませんでした。
しかし、床屋に行くと奥にテレビつきのVIPブースがあって、店の前に高級車と若い衆が停まっているとVIP散髪中のサインだったり(さすがにそういうときは遠慮します)、雀荘に行くと、なにかまともじゃない理由で怪我をしたとおぼしきお兄さんが足を引きずりながらお茶を出してくれたりと、たまにドキドキすることはありました。

また、大塚駅の北口側は密集した住宅地で、さらに奥には安アパートがひしめいていました(池袋との間の東池袋1~3丁目地区は住宅密集により震災時の火災の危険が都内で最も高い地区と言われていたように思います)。
山手線の駅から徒歩圏でしかも家賃が安いためか、そこには売れない芸人や噺家の卵などがけっこう住んでいました。
我が家の近所にはゴレンジャーのモモレンジャーの中に入っている人(スタントマン)が住んでいましたね。

そういえば、中学生のときに日本選手権を制して以降女子柔道界のホープだった山口香さんも大塚出身で、ウチの前が通学路なのか時折見かけました。


現在の北口は再開発のビルが建ってきれいになり、隔世の感があります。
周辺にもマンションが建っています。
ただ、商店街は昔あった魚屋とか八百屋などの個人商店はほとんどなくなり、コンビニなどにかわってしまっているところが残念でした。
一方で昔から居酒屋は多く、中には通好みの有名店もありますが、最近は焼肉・韓国料理やエスニック、それもビルマ料理とか妙にピンポイントな店も増えてきているようです。


いつまでも「レトロでキッチュでちょっと怪しい町」でいつづけてほしい、というのが私の個人的な願いなのですが・・・
コメント (14)
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