回顧と展望

思いついたことや趣味の写真などを備忘録風に

秘密の家

2020年09月15日 13時13分25秒 | 日記

発展途上国の技術援助にその道の専門家を派遣したり、中小企業の途上国での展開を支援、また、外国からの人材を受け入れている法人から話を聞きたいと言われて都心から少し離れたところにある事務所に行った帰りに自分の卒業した高校の近くの道を通った。そのあたりの建物はすっかり建て替わっていて、通学していたころの面影はどこにも見当たらない。ただ、道路のわきのバスの停留所の丸い看板を観たらそこだけは同じ形をしていた。停留所の名前も変わっていない。

このバス停留所はかつて古くて大きな洋風の館の前にあり、我々はバスを降りてから歩道に沿ってではなく、その家の庭を斜めに横切るようにして学校に通ったものだった。三角形の長辺のようなその近道は毎日踏み固められていつの間にかひとがやっと通れるくらいの細い一本道のようになっていた。その館は随分前から空き家になっていて人が出入りしたのを見たことがない。特に文句を言う人もいなかったのでつい近道をしていたのだろう。少なくとも3年間はそんな状態が続いていた。今考えてみると他人の庭を横切るなど随分図々しいし無遠慮、かつのんびりとした話であるが、当時はまだこの近辺はせいぜい2階建ての家が軒を並べると言った平面的な町の佇まいだったからかもしれない。しかし、いつの間にかその建物は影も形もなくなり今はきれいな石塀に囲まれた高層マンションが建っていて、もちろんかつてのような近道は出来ず歩道に沿って角を回らなければならないようになっていた。

見慣れた建物がとり壊されるとそれまで毎日のように見ていたのに、なぜか思い出せないということがある。そんなに簡単に記憶が薄れる筈もないのだが、こと、建物についていえば不思議と思い出せないものだ。それにもかかわらずもう半世紀近く前の建物を急に思い出したのはどういうことだろうか。多分、似たような建物の写真を見てそこから芋ずる式に記憶の中から顔を出してきたのに違いない。

それは、ビクトル・ユーゴ―の「レ・ミゼラブル」の後半に差し掛かったあたり、第4部第3篇の挿画「秘密の家」にどこか似ていたからだ。この家は、小説ではパリ高等法院の院長が妾のために建てたのがフランス革命の後無人となり荒廃していて、そこにジャン・バルジャンとコゼットが移り住むのだが、木がうっそうと茂っていたり、玄関の階段の形や、おなじ2階建てだということもよく似ている。

外国の小説を読む場合には、書かれている文章から情景を想像しながら読むことになるが、時には想像が難しいこともある。その点、この「レ・ミゼラブル」のように挿画があると特に建物などはよく理解できる。知っている限りこういった挿画のある長編小説はデイッケンズやゾラにもある。

バス停の向かいにあった館にはどんな住民が住んでいたのか、また、そこで何が繰り広げられたのかは、今ではもう知りようもない。そこには、ひょっとしてジャン・バルジャンのような男や、コゼットのような美少女が住んでいたのかもしれない(などということはないか・・)。

岩波文庫「レ・ミゼラブル」豊島与志雄訳から

 

 

 

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