回顧と展望

思いついたことや趣味の写真などを備忘録風に

St.Regis

2020年09月18日 16時20分25秒 | 日記

プラザ・アテネがパリを代表するホテルの一つだとすれば、ニューヨークを代表するホテルの一つはマンハッタンの5番街とマジソン街との間、55丁目にあるSt. Regisではないかと思う。ニューヨークに駐在し、また、住んでいたのがマンハッタンだったから、この有名なホテルに宿泊したことはない。そもそも自分が住んでいる街のホテルに泊まるなどと言うことは余り考えられないが、このホテルが頭に浮かんできたのは、かつての上司だったT氏がニューヨークに来訪した時にそこを定宿にしていたから。T氏は日本の財界の中でもひときわ知られていた人物であり、時の総理大臣とも昵懇だったというほどだったが、それにもかかわらず、極めて温厚な紳士であり、自分のようなはるかに目下の者にも分け隔てなく話しかけてくれるという人柄だった。

とにかく頭が切れる、そして驚くような行動力。ロンドンで一緒に働いていたときには、週末に何も連絡がないときにはトンボ帰りでは東京に飛んで話をまとめてくる、あるいは外国の首脳との交渉のためなら何のためらいもなく飛んで行く、と言った具合。いつでもすぐに飛行機に乗るつもりでいたのではないかと思う。大きな案件があって彼の部屋に行くと彼は机に向って立ったままで書類を見ながらこちらの話を聞き、書類の閲覧が済むとおもむろにこちらに指示を出す、と言うほどの忙しさ。それでいて必要な情報はいつでも正確に手に入れていたように思う。

ロンドンを離れてからも折に触れて仕事での接点があった。こちらの力不足で大変な迷惑をかけたことも多かったのにも拘わらず、一度も彼に叱られたことはない。もちろんそのことが、彼を尊敬する理由ではない。彼の無私の精神、人を見る確かな目、物事の本質を的確につかむ力は自分の知っているかぎり誰も並ぶことができないほどだと心底思ったからだ。叱られなかったのは、こちらがミスをしてもそれは彼の想定の範囲内だったからなのかもしれない(と思うといささか情けない気がする・・・)。

そして自分がニューヨークに駐在しているとき、T氏はニューヨークの連邦銀行総裁の顧問としてほぼ毎月のように東京から出張してきた。そして時間に余裕のある時はニューヨーク在住の旧知の人に声をかけて夕食を共にした。ある時その手配を任され、彼をSt. Regisまで迎えに行ったことがある。10分くらいのところのスペイン料理の店を予約してあったので一緒に車に乗り込むと、早速自分の知っている数人の名前を挙げて彼らが今どういうことをしているのか教えてくれた。彼等のために色々と骨を折っているのだがなかなか上手く行かなくてね、と彼らの行く末を我が事のように心配しているのが良く判った。

そして、君はあのホテルの泊まったことがあるか、と尋ねてきた。もちろんありませんと答えるとあのホテルはすばらしい、予約をするだけで後は何もしなくてもいつもの部屋も食事も手配してくれる。顔を見ればすべてわかるので普通のホテルのようなチェックインなどの手続きも無いと。

T氏がある時このホテルに散歩のためのウオーキングシューズの忘れ物をしたことがあったが、次に宿泊する時までそれを保管してくれてあたかも当然のようにきれいにして部屋に置いてあったという。なるほど、彼の泊まるホテルはそういうところなのかと。いつも秘書など連れずに飄々とした感じで地球上のどこにでも移動しているようだった。

T氏がこの世を去ってから11年経つ。今ではもう彼を知る人も少なくなったかもしれない。しかし、St.Regisの名前を聞くとT氏の柔和な笑顔が思い出される。

 

 

 

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