このところ天候が変わりやすい。秋特有なのだろうか、暑くなったり急に冷え込んだり。また、さっきまで青空が広がって晴れていたのに急に黒い雲が広がって雨が降り出す、と言うのも秋らしい。それでも東京は比較的安定している方だろう。
緯度の高いロンドンは、目まぐるしく天候が変わる。イギリス紳士のトレードマークには山高帽とこうもり傘と言う必須アイテムがあるがそれはいつ急変してもおかしくないイギリスの天候のせいでもある。日が差してきたときには帽子が必要だし、雨が降ってくれば傘の出番。もっとも、紳士にとってのこうもり傘は、いつも手に携えてはいるものの実際には雨が降っても開かないのだそうだ(かつての話ではあるが)。理由は雨に濡れてこうもり傘が傷むからだという。誠に本末転倒な話ではあるが、見栄えを身上とするイギリス人紳士(?)らしい話ではある。
こんな気候と見栄のせいで、イギリスでは傘の需要が多く、そのために傘の長い歴史があるのだが、傘を売っているところですぐに名前が浮かんでくるのは、ロンドンの金融街に近いロンドンウォールにあるFOX。ロンドンで働いていた時分毎日のようにその店の前を通った。1868年創業と言うから150年ほど前、ちょうど日本の明治維新の年に当たる。細巻傘手作りの伝統を受け継ぐFOXの傘は、「実用性はもちろんのこと、開いたとき、閉じた時、それぞれのシーンでいかにエレガントに見えるか」をとことん追求しているのだという。
確かに長身の山高帽の紳士には、この長い細巻傘は良く似合う。飾り物のように言ったが、もちろん実用的で良く水を弾くし、手入れをきちんとすれば綺麗な色で長持ちもする、質実剛健な傘。このところイギリスにも強風が吹き荒れることが増えたがそれでも頻繁に台風に襲われる日本とは違ってあまり風のことは考えなくても良かったせいもあるだろう。
誰でもそうするように自分もFOXの傘も買ったのだが、日本で差しているうちに強い風に吹かれて骨が折れてしまいそのうちにどこかに消えてしまった。その時に傘と一緒にこのシティにある店で買ったのが二つ折りの革の長財布。少し大きすぎてあまり使っていないが30年以上経ってもそれほど傷んでいない。当時はまだイギリス製品の特長だった頑丈さが残っていたからかもしれない。
雨が降るのを見ると、当時は古い黒い木枠で出来た窓の奥に並べた細身の傘を売っていたFOXの店が懐かしく思い出される。
ロンドンウォール(ローマ人が築いた城壁、と言われる)のFOXの店