灼熱の夏が過ぎて少し肌寒い秋がくると、一気に着るものの選択肢が増えてくる。何を、どんな色のどんな素材の服を着ようかなどと、東京はまだそんな風でもないが、ヨーロッパでは朝夕一枚二枚羽織るものが必要になってきている。
この時期は、どういう訳か人が美しくみえてくるものだ。日が短くなって少しもの悲しさを感じ始めるが、これからは秋に立ち向かってゆく、そういう引き締まった気持ちが表情や立ち振る舞いにも出てくるのだろう。
また、この時期に楽しみの一つに日一日と秋が深まるのを身をもって感じることの出来るドライブがある。いまだにカブリオレやロードスターと言った屋根のない車には縁がないが、涼しくなるとこの手の車に乗るのは趣がありそうだ。
ロードスター、と言えば、ある女性を連想する。彼女は、僅か2年ほど同じ職場にいて、間もなく、同じ職場の男と結婚して退職した。そこまでしか知らなかったのだが、ロンドンにいた時に、「おたくを担当しているものだが」と言って突然訪ねてきた。顔を見るとすぐにわかった。今はロンドンにある弁護士事務所で働いている。名刺では元の名前に戻っているので尋ねてみると結婚後まもなく離婚、自力で今の仕事を見つけ、ロンドンで働くことなったのだという。この二人はお互い少しわがままで、また、何かにつけはっきりものをいうカップルだったので、それはそれで上手くゆくのだろうと思っていたが、別れるとなるとまた話は早い、あまり我慢をすることもなく離婚したらしい。
昔の誼ということでそれでは昼食でも、ということになった。彼女は離婚や仕事のことにはあまり触れず(大した用件もなかったせいもあるが)最近ロンドンで手に入れた車の話を滔々と始めた。その車が屋根の取り外しの出来るロードスター(日本ではいわゆるオープンカー)なのでそれが大層気に入っていると。彼女にいわせると、ロードスターは夏の日差しを浴びて、と言う人がいるがそれは本当の大人の楽しみではない。反対に寒くなるあたりにスカーフを巻いて足元を温めながら枯葉の散るような道を走るのが醍醐味なのだと。
たしかに、その人には秋のロードスターが似合っているように思えた。茶色の革の手袋などをはめて、少し濃いめの口紅を引いてハンドルを握る、そんな恰好が似合うのは彼女だ。屋根なしの、風を切って車を走らせるひとだから、さっと結婚しまた、湿っぽくもなく離婚もしたのだろう。
こういう車に男が一人、と言うのはさまにならないが、女性だとそれが絵になる。そもそも女性が自分の車を熱く語るのには正直戸惑ったが、今思えば女性で車の好きな人はいくらでもいる。戸惑うとは自分の先入観あるいは偏見といったものが原因だったのだろう。その時の彼女の活き活きとした表情には何物にも束縛されない強さがあった。少し違和感を覚えたけれども今なら自然に受け入れることが出来ただろうと思う。