03/10/31kaiho 教育研究・04/2月号
111112222233333444445555566666
30文字/1行 x25行x2段 x4p=6000字
このフォーマットで 200行で6000文字
海保博之・筑波大学心理学系教授
「子どもをひらめかせる学級作りの考えどころ」
教師たちが、声を大きく、口早に間なく、説教調となり、子どもとの間の問答を忘れ、子どものつぶやきに耳を貸さず、子どもからの発想を無視し、合の手に「ガンバレ、ガンバレ」「早ク、早ク」と言い続ける、---(片岡徳雄「子どもの感性を育む」NHKブックスより)
●幼児はひらめきの天才?
「子どものひらめき」について何か書いて欲しいとの依頼を受けてすぐに思い浮かんだのは、朝日新聞の朝刊に不定期掲載される「あのねー子どものつぶやき」(投稿)であった。
そこには、子どもが展開するおもしろ小話が掲載されている。そのほとんどは、たとえの妙である。たとえば、
・白いタイツが足先に引っかかって伸びたのをみて「しほの足が おもちになっちゃった」(4歳)
・鉄塔を見て。「あっちにもこっちにも東京タワーがあるねエ」 (5歳)
・座薬をみて「これ、おしりにつけるミサイルでしょう」(7歳)
びっくりするくらい見事なたとえばかりである。幼児はひらめきの天才かとも思ってしまう。
たとえは、構造的な類似、あるいは一部の特徴の類似に注目して、未知のもの、あるいは、よくは知らないものに、自分の持っている知識を結びつけることによって成立する(図1参照)。
1
2
3 図1 たとえの構造
4
5
4.5歳頃には語彙(知識)が爆発的に増加しはじめる。その知識を存分に駆使しての外界認識がたとえのひらめきとなっている。
このあたりが、発達的には、ひらめき思考のはじまりではないかと思うが、内容的にはまだ浅いひらめきである。
●ひらめきとは
ところで、ひらめき思考の特徴はどんなところにあるのだろうか。
まず第一に、ひらめきは、一瞬におとずれる課題解決、あるいは認識であるということ。
ただし、あれこれ考えに考えた上でのひらめきと、深い思考なしのひらめきとがある。いわゆる創造活動の過程での啓示(ひらめき)は前者、幼児のたとえは後者である。
第2の特徴としては、ひらめきは既有の知識をベースに起こるということ。
幼児のひらめきは、頭の中にある既有の知識をストレートに外界認識に使ったものであるが、多くのひらめきは、既有の知識要素間の新たな連合の成立から生まれる。その連合が、水平的にも垂直的にも、充分にかけ離れているときに(図2参照)、それは、ひらめきとなる。それが、幼児のたとえ思考のように、内容的に浅いときは突飛でおもしろいとなり、新たな知識の生成となるときは、世の中を動かす創造的発明・発見となる。
1
2
3 図2 知識要素の水平的、垂直的な連合
4 (海保「連想活用術」中公新書より)
5
第3には、納得感を伴うこと。
ひらめいた瞬間に「わかった」「これは絶対に正しい」といった感覚を伴う。ただし、あくまで本人の主観的な感覚であり、つねに正解ということではない。
第4は、ひらめきは、周囲になにがしかの驚き、時には感動を与えること。それが前出のような新聞での長期の投稿連載を支えている。
ひらめきの一般的な特徴を4つ指摘して、その中で子どものひらめきの特徴をしてみた。これを踏まえて、ひらめきが乱れ飛ぶ学級にするためにはどうしたらよいかを考えてみる。
ただし、やや面倒なのは、朝から晩までひらめいている学級とばかりはいかないことである。時には、おそよひらめきとは無縁な学習も強いなければならないのが教室の現実である。それでも、学級全体の雰囲気、教師のちょっとした言葉かけの中に、ひめいてほしい、という暗黙のメッセージがあればと思う。
●ひらめきを促す学級作り
子どものひらめきのほとんどは、客観的にみれば、創造的な知識生成とは無関係の、たわいもないものである。
しかし、「たわいもない、したがって---」と考えて、そうしたひらめきを抑制したり正したりするか(正解志向)、「たわいもない、しかし、---」と考えて、そうしたひらめきをもっと促すか(創造性志向;注1)によって、学級の知的雰囲気はまったく変わってくる。たとえば、言葉かけ一つとっても、こうなる。
○「たわいもない、したがって、--」と考えるタイプの教師だと、
・それでいいかなー?
・よーく考えてから手を挙げて
・ちょっとおかしいなー
○「たわいもない、しかし、--」と考えるタイプの教師だと、
・おもしろい
・いいところに気がついた
・もっと思いつくことはないか
さらに、ひらめきを促すであろう学級の知的雰囲気作りのうまい教師の特徴を挙げてみると、
○子どもに対して
・子どものすべてに対して受容的
・教え込むより子どもの思いを引き出すほう
・ポジティブ・バイアスがかかった(叱責、否定より賞賛、肯定 が多い)評価をする
○教師自身
・何事にも一工夫がある
・知的好奇心が旺盛
・あいまい耐性が強い(正解を急がない)
ここでクイズを2つ。こうした子どもの奇抜な、というより、ある意味では自然なひらめきに対する教師の対応が、ひらめき学級作りになるかならないかを決める。
(1)「まんじゅうが20個あります。3人の子どもに同じずつ分けると、いくつずつになって、あといくつ残りますか?」
(2)「26人の学級で7人ずつの組をつくって、かけっこをします。何組できますか?」に、ある子どもが、「4組」と答えた。どうしてか?(「ひらめき」解答は末尾に)
●ひらめかせる学級作り
ひらめきを促すだけではだめで、実際に子どもにひらめかせることも考えなければならない。言うまでもなく、ここが一番難しい。
プラトン著「メノン」(岩波文庫)には、メノンの面前で、ソクラテスが、ただ質問をするだけで、数学的知識が皆無の召使に幾何の問題を解かせてしまう問答の一部始終が載っている。ソクラテスの問答法とか、産婆術とか呼ばれているが、子どもにひらめかせるには、こうしたができることが理想であろう。これを教室の中で30人、40人の子どもを相手にできるのがプロの教師ということになるのであろう。
ここまでは無理としても、ひらめかせる学級作りとして、次の2つくらいの工夫、心がけは必要であろう。
1)ひらめき体験を随時、随所で
ひらめき体験は、唯一の正解をひらめかせる体験(「ああそうか体験」)と、あーでもない、こーでもない、と艱難辛苦させた上でのひらめき体験(啓示体験)とがある。
いずれも大事でじっくりと体験させたいところである。
「ああそうか体験」をうながすためには、前述したソクラテスの問答法がヒントになる。それは、要するに「スモールステップでの逐次的な発問やヒントによる解へのガイド」である。これについては、「この問題には、こういう発問、ヒントをこの順で」という形で、それぞれの教師が長年にわたり蓄積してきているノウハウがあるはずである。
もう一つのひらめき体験である「啓示体験」をうながすには、まずは、オープンな発問で、子どもの想念、連想を活性化させることである。
そのほとんどはがらくた想念、たわいのないものであるが、その中にダイヤモンドが時折、出現する。そのときに、それがダイヤモンドであることを即座に指摘してやることが、もう一つ教師がしなければならないことである。
2)ひらめき技法の活用をうながす
ひらめきは子どもの頭の中で起こることではあるが、それを外から支援する技法がいろいろある。そうした技法があることを教えて活用させてみることもあってよい。
そうした中でもっとも馴染みのあるのは、図解であろう。
図解をしていく過程で、想念が焦点化されて、ひらめくこともあるし、図解したものを見ることからひらめくこともある。図解には、全体-部分関係、部分間関係の構造が目に見えるからである。
さらに、KJ法などの各種の創造性開発技法を教えることも、子どもを啓示体験へと導くのに効果的かもしれない。図3にその一つを挙げておく。
1
2
3 図3 多視点発想をうながす訓練技法(オズボーンによる)
4
5
また、教室は集団思考の場でもある。ここでも、集団発想技法としてよく知られている「ブレーン・ストーミング」なども活用することを教えることもあってよい。「自由な発現」「批判厳禁」「仲間のアイディアとの連合」「論理無視」「質より量」の原則のもとでのグループ発想の経験は、ひらめき訓練としてだけでなく、教室の知的雰囲気も変えることが期待できる。
●ひらめいたあとも大事
浅い、深いを問わなければ、ひらめくことは、どんな子どもでもそれなりにできる。ひらめきを体験することだけでも、充分に教育的な意義はあると思うが、より一層その効果を高めるためには、ひらめいた後の教育的なフォローも大事になってくる。
多くの発明・発見物語が教えるように、ひらめきのほとんどは、よくよく考えてみるとごみ箱行きである。100に一つ、千にひとつが、価値のあるひらめき(発明・発見)につながる。
したがって、ひらめいたものを評価する環境が大事になってくる。 ひらめきには「これはいける」「これはおもしろそう」といった納得感が伴うので、自己評価にまかせると、思い込みエラーの世界に入り込んでしまう恐れがある。
これを防ぐには、外からの評価が必要となる。その役割の多くは教師が担うことになるが、仲間からの評価も有効である。
ただし、ここが難しいところであるが、外部評価が強くなりすぎると、ひらめきそのものが抑制されてしまう。これでは、本(もと)も子もなくなってしまう。
これを防ぐには、一つには、評価をポジティブ・バイアスのかかったものにしておくことであろう。つまらないひらめきは無視し、斬新でおもしろそうなひらめきにだけ評価の目を向けるような雰囲気作りをしておくことであろう。
2つには、ひらめきを論理(理屈)によって後付けさせる習慣を付けておくことである。補助線一本で解がひらめいても、それが解であることを証明させるようにさせることである。「どうして、そう思ったのか」「それでうまくいくのか」「もっと他にないか」などなどの言葉かけが必要である。
●クイズの答(中野昇「ルールの納得と教師の力量」児童心理、No.183より)
(1)「2つずつくばって、あとに14個残る。一度に食べられるまんじゅうは2個くらい。あとで食べるために残りはとっておく。」
(2)「26人全員がかけっこに参加するのだから、余った5人を1組にしなければならないから。」
●(注1)創造的発想には、次の4段階があることが知られている。
(1)準備期 (2)孵卵(ふらん)期 (3)啓示期 (4)検証期。ひらめきは、(3)啓示期に起こる。
****本文 図を含めて200行
::::::::::::::::::::::::::::::