思考転換「見方を変えると元気世界が見えてくる」
●世界は見方によって変わる
パラダイム変換という用語が科学哲学の世界でかつて一世を風靡したことがあります。科学の革新がおこるのは、科学者が共有している世界の見方(パラダイム)が変わるからだと言うのです。
個人でも同じようなことがあります。
それまでの(因習的な)見方が何かの拍子でがらっと変わり、これまでとは世界が違ってみえてくることがあります。こうなると、頭は元気になります。
● エコ思考
人間はきわめて横着にできています。というより、人間は、構造的にエコ人間なのです。
できるだけ無駄なことにエネルギー(注意資源)を使わないようにしています。たとえば、思考の世界では、思考の習慣がその一つ。
余計は努力を払わなくともよいように、いつもと同じ状況ではいつもと同じように考えます。
あるいは、努力を必要とする論理的な思考はできるだけしないようにしています。その時その場でうまくやっていけそうな思考、これをヒューリスティック(とりあえず)思考と呼んでいますが、で済ませています。
こうしたエコ思考を支えているのが、頭の中にある安定的な知識のまとまり、スキーマ(図式)です。科学者の共通認識を支えているパラダイムのようなものです。
こういうスキーマを私たちはたくさん頭の中に貯蔵しておいて、折に触れて使うことで、エコ思考をしているのです。
エコ思考、それはそれで毎日を生きていく上で適応的なのですが、そればかりでは頭は劣化するばかりです。67歳の自分、実は、スキーマベースの思考ばかりで、この頭の劣化、深刻な問題になってきています。
そこで、思いついたキーワードが、パラダイム変換ならぬ、スキーマ変換でした。
●スキーマを変える
ここからが本題です。
頭を元気にするには、スキーマベースの思考を意図的にやめることを習慣にすることも大事という話をしたいのです。
こんな人、いませんか。
旅行に行きました。
見るもの聞くもの、あーこれTVでみた、これも雑誌でみた、これってあれに似ているねーを乱発する人、あるいは自分。
これって、みんなスキーマベースの見方です。自分の頭の中にあるスキーマと照合して、喜んでいるのです。確かに、こうした見方ができるのは、安心でうれしいものです。目で見て知識を確認して喜ぶことは、旅行の楽しみでもあります。また、学びの基本でもあります。だからこそ、子どもにとっては「修学」旅行になります。
しかし、どうでしょうか。
こうした見方ばかりしていると、結局、その時その場にある、もしかすると非常に大事なものを見落としてしまうことになりかねません。
これがスキーマベースの見方のリスクです。
そこで、また旅行の話を引き合いに出しますが、できるだけ予備知識なしの旅行、あるいは、予備知識(スキーマ)が役立たない、たとえば、海外に出かけるのです。そして、あるがままを受け入れるのです。
これが既存のスキーマにゆさぶりをかけるきっかけになります。そして、それまで長らく変更されなかったスキーマの変更を引き起こし、スキーマをより豊かなものにしてくれます。
あるいは、まったく別のスキーマを使って世界を見るきっかけになります。
●スキーマベースの思考を抜け出るコツ
①スキーマがステレオタイプ化していないかチェックする
スキーマは世界を認識する、問題を考えるときには、実に便利です。そして、それでだいたいはうまくいきます。そうなると、もうステレオタイプになります。本来なら柔軟な知識のまとまりであるスキーマが、いわゆる固定観念になってしまいます。
そうなると、エコ思考そのものになり、見えるものもみえなくしてしまうリスクが極めて高くなります。
②別の見方はないかと考えてみる習慣をつける
たとえば最終決断をするときには「いつも」、別のスキーマを導入して問題や世界を別の観点から吟味してみる習慣をつけるのです。
これは、自分だけでやろうとするのは無理がありますので、その時々で、適当な人に話してみることです。
③新しいスキーマ形成をする
スキーマは、関連する知識が寄せ集まってつくられたネットワークです。知識が増えればふえるほど多彩で大きなネットワークになります。そして、どんどん構造化されます。
ある人について、初対面から親しくなるまでの知識の増え方を考えてみてください。最初は顔のおおざっぱな特徴、名前、所属などの単純なスキーマが形成されます。親しくなるにつれて、顔のより細かな特徴、名前の由来、所属部署での仕事内容など情報が追加されます。そして、情報が増えてくると、たとえば、プライベート情報のスキーマと仕事関連の情報のスキーマとにカテゴリー分けをするようになります。
スキーマの形成は、外部から提供されることもありますが、頭の内部での自然な形成もあります。いずれにしても、仕込まれた知識量と質に依存します。月並みですが、勉強して多彩で豊かなスキーマを形成する努力を怠らないことです。
●世界は見方によって変わる
パラダイム変換という用語が科学哲学の世界でかつて一世を風靡したことがあります。科学の革新がおこるのは、科学者が共有している世界の見方(パラダイム)が変わるからだと言うのです。
個人でも同じようなことがあります。
それまでの(因習的な)見方が何かの拍子でがらっと変わり、これまでとは世界が違ってみえてくることがあります。こうなると、頭は元気になります。
● エコ思考
人間はきわめて横着にできています。というより、人間は、構造的にエコ人間なのです。
できるだけ無駄なことにエネルギー(注意資源)を使わないようにしています。たとえば、思考の世界では、思考の習慣がその一つ。
余計は努力を払わなくともよいように、いつもと同じ状況ではいつもと同じように考えます。
あるいは、努力を必要とする論理的な思考はできるだけしないようにしています。その時その場でうまくやっていけそうな思考、これをヒューリスティック(とりあえず)思考と呼んでいますが、で済ませています。
こうしたエコ思考を支えているのが、頭の中にある安定的な知識のまとまり、スキーマ(図式)です。科学者の共通認識を支えているパラダイムのようなものです。
こういうスキーマを私たちはたくさん頭の中に貯蔵しておいて、折に触れて使うことで、エコ思考をしているのです。
エコ思考、それはそれで毎日を生きていく上で適応的なのですが、そればかりでは頭は劣化するばかりです。67歳の自分、実は、スキーマベースの思考ばかりで、この頭の劣化、深刻な問題になってきています。
そこで、思いついたキーワードが、パラダイム変換ならぬ、スキーマ変換でした。
●スキーマを変える
ここからが本題です。
頭を元気にするには、スキーマベースの思考を意図的にやめることを習慣にすることも大事という話をしたいのです。
こんな人、いませんか。
旅行に行きました。
見るもの聞くもの、あーこれTVでみた、これも雑誌でみた、これってあれに似ているねーを乱発する人、あるいは自分。
これって、みんなスキーマベースの見方です。自分の頭の中にあるスキーマと照合して、喜んでいるのです。確かに、こうした見方ができるのは、安心でうれしいものです。目で見て知識を確認して喜ぶことは、旅行の楽しみでもあります。また、学びの基本でもあります。だからこそ、子どもにとっては「修学」旅行になります。
しかし、どうでしょうか。
こうした見方ばかりしていると、結局、その時その場にある、もしかすると非常に大事なものを見落としてしまうことになりかねません。
これがスキーマベースの見方のリスクです。
そこで、また旅行の話を引き合いに出しますが、できるだけ予備知識なしの旅行、あるいは、予備知識(スキーマ)が役立たない、たとえば、海外に出かけるのです。そして、あるがままを受け入れるのです。
これが既存のスキーマにゆさぶりをかけるきっかけになります。そして、それまで長らく変更されなかったスキーマの変更を引き起こし、スキーマをより豊かなものにしてくれます。
あるいは、まったく別のスキーマを使って世界を見るきっかけになります。
●スキーマベースの思考を抜け出るコツ
①スキーマがステレオタイプ化していないかチェックする
スキーマは世界を認識する、問題を考えるときには、実に便利です。そして、それでだいたいはうまくいきます。そうなると、もうステレオタイプになります。本来なら柔軟な知識のまとまりであるスキーマが、いわゆる固定観念になってしまいます。
そうなると、エコ思考そのものになり、見えるものもみえなくしてしまうリスクが極めて高くなります。
②別の見方はないかと考えてみる習慣をつける
たとえば最終決断をするときには「いつも」、別のスキーマを導入して問題や世界を別の観点から吟味してみる習慣をつけるのです。
これは、自分だけでやろうとするのは無理がありますので、その時々で、適当な人に話してみることです。
③新しいスキーマ形成をする
スキーマは、関連する知識が寄せ集まってつくられたネットワークです。知識が増えればふえるほど多彩で大きなネットワークになります。そして、どんどん構造化されます。
ある人について、初対面から親しくなるまでの知識の増え方を考えてみてください。最初は顔のおおざっぱな特徴、名前、所属などの単純なスキーマが形成されます。親しくなるにつれて、顔のより細かな特徴、名前の由来、所属部署での仕事内容など情報が追加されます。そして、情報が増えてくると、たとえば、プライベート情報のスキーマと仕事関連の情報のスキーマとにカテゴリー分けをするようになります。
スキーマの形成は、外部から提供されることもありますが、頭の内部での自然な形成もあります。いずれにしても、仕込まれた知識量と質に依存します。月並みですが、勉強して多彩で豊かなスキーマを形成する努力を怠らないことです。