もう1ヶ月前になりますか・・・福岡市博物館で開催中の「吉村作治の新発見! エジプト展」に娘と行って来ました。
高速バスで佐賀~福岡天神に出て、天神バスセンター前から、福岡タワー方面の市内バスに乗って・・・
その日は、ちょうど、名神で少年によるバスジャックがあった日です。8年前の西鉄高速バスジャック事件を思い出させる・・・
さて、「エジプト展」
オバサンは、吉村作治さんの音声ガイドをイアフォンで聞きながら見学しました。
いつの世も、自分が死んでいくこと・・・大切な人を失うこと・・・は大問題であります。
古代エジプトの人々にとって、故人の肉体が生き延びること(完璧なミイラ作り)が大切だったのですね。
2007年吉村作治さんが発見されたチャイの親子の棺とか、カイロ博物館の展示品・埋葬用の物がたくさん展示されていました。石碑(ステラ)とか葬送にかかわる神々の像やミイラ作成の医療具など・・・
このエジプト展は今月31日までです。
高速バスで佐賀~福岡天神に出て、天神バスセンター前から、福岡タワー方面の市内バスに乗って・・・
その日は、ちょうど、名神で少年によるバスジャックがあった日です。8年前の西鉄高速バスジャック事件を思い出させる・・・
さて、「エジプト展」
オバサンは、吉村作治さんの音声ガイドをイアフォンで聞きながら見学しました。
いつの世も、自分が死んでいくこと・・・大切な人を失うこと・・・は大問題であります。
古代エジプトの人々にとって、故人の肉体が生き延びること(完璧なミイラ作り)が大切だったのですね。
2007年吉村作治さんが発見されたチャイの親子の棺とか、カイロ博物館の展示品・埋葬用の物がたくさん展示されていました。石碑(ステラ)とか葬送にかかわる神々の像やミイラ作成の医療具など・・・
このエジプト展は今月31日までです。
よく、わかりました。
仰るとおり、仏教は「この身」に執着しない教えですから、死者を生前のままの姿で残そうという発想はありません。
即身成仏について、私はわかりませんが、悟りに至るための究極の修行をなさるわけですよね。
その結果、たまたまミイラとなられたのであって、今のままの姿・「この身」を保つことに執着されたわけではないことは確かだと思います。
維真尽さん、
そうですね。特に先になくなった最愛の人を「はい、さようなら」とは忘れられませんもの・・・死が永遠の別れだ というのは、つらすぎますもの。
生命が永遠でありたいとの願いが表現されて~
興味深いですね
でも、即身仏でしたっけ?断食して自らミイラになったお坊さんが居られたようでした。
どう、理解すればいいのでしょうか?
ミイラ、ちがったエジプト展で思い出したので。