先日、M組S寺様の巡番報恩講にて、ご講師のお話で、
京都の八坂神社及び境内は、大昔から、現状のまま今に至っているのではなく、現在の八坂神社は、明治からのこと。
明治の廃仏毀釈以前、あそこはお寺だった。廃仏毀釈までは、慈円山安養寺があった。
山号の慈円山の「慈円」は、青蓮院で、親鸞聖人(9歳)に得度(とくど:僧侶になる)を執り行われた、有名な天台宗の高僧ですが
その慈円山の「慈」を取り除き、「円山」・円山公園としたのだそうです。
現在も慈円山安養寺はありますが、元々は大きなお寺だったのですね。
何事も無知な私、知らなかった。
「 円山公園のしだれ桜を見る時は、ただ、『わあ、きれいね~
』だけではなく、
親鸞聖人の句、
明日ありと思う心の仇桜
夜半に嵐の吹かぬものかは
を思い出してご覧下さい
」
との仰せでした。
京都の八坂神社及び境内は、大昔から、現状のまま今に至っているのではなく、現在の八坂神社は、明治からのこと。
明治の廃仏毀釈以前、あそこはお寺だった。廃仏毀釈までは、慈円山安養寺があった。
山号の慈円山の「慈円」は、青蓮院で、親鸞聖人(9歳)に得度(とくど:僧侶になる)を執り行われた、有名な天台宗の高僧ですが
その慈円山の「慈」を取り除き、「円山」・円山公園としたのだそうです。
現在も慈円山安養寺はありますが、元々は大きなお寺だったのですね。
何事も無知な私、知らなかった。

「 円山公園のしだれ桜を見る時は、ただ、『わあ、きれいね~

親鸞聖人の句、
明日ありと思う心の仇桜
夜半に嵐の吹かぬものかは
を思い出してご覧下さい

との仰せでした。