創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

物語のかけら③

2006-06-23 22:33:38 | 創作日記
朝の通勤電車。いつもの場所。いつもの隣人。「山本優さん」。駅の放送が突然、優の耳に飛び込んできた。ハッとしたとたん、電車のドアーが閉まった。胸ポケットをさぐる。定期はいつもの場所にあった。財布もあった。小銭入れもあった。それ以外に落とすものはない。異人同名だろう。女の人かも知れない。ありふれた名前だから。だが、その時、優は落とし物をしたのだ。左手の小指の影を落とした。誰も気づかない。彼さえも一生気づかない。小さな小さな落とし物だった。
左の小指の影は、入口は針の穴よりも小さいけれども、どこまでも深い宇宙をさまよい、世界の果ての図書館に落ちた。そこには1611年の風が吹いていた。影は古い書物の間に隠れて、優が来るのを待った。