ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2010.6.12 プロセスは無関係?

2010-06-12 22:21:22 | 日記
 週の半ばに担任から電話があった。今回の友人との喧嘩についての処分が決まったとのこと。息子は「保護者同伴学年主任厳重注意」、相手のお子さんは「保護者抜きの本人のみ学年主任注意」ということで、一目瞭然息子がより重い処分だ。
 土曜日に学校までご足労願いたいとのこと。授業が終わる時間を指定され、今日、夫が出向いた。

 このお子さんとは昨年の初め頃にもトラブルがあり(この時も息子は「保護者同伴学年主任厳重注意」だった。当時復職したてでめっきり体力が落ちていた私は、とても耐えられそうになく夫に行ってもらった。)、「お互いに今後はもう近づかない方がいい。」とまで言われ、以来付き合っていないのかと思いきや、何やらお互い惹かれる所があるのかないのか、不思議なことにその後また縒りを戻したようで、昨年の担任も「何なんですかねー。」と首を傾げていたところだった。
 今回もトラブルに至るまでにはもろもろの経緯があって、結果として相手から言葉の暴力で挑発され、それに我慢しきれずに先に手を出したのは息子、というその部分にのみ焦点を当てての処分のようだ。

 夫とも随分話をしたのだが、男子校なので、トラブルにはどうしても暴力が絡むことが多い。昨年、このお子さんとのトラブルに加え、1年次の部活での先輩とのトラブル、2年次の部活での後輩とのトラブルについても、共通することは“経過については一切不問で「先に手を出した」”ということにより、重い処分を受けている。
 部活でのトラブルについては、いずれも顧問が不在だったため、周りにいた生徒たちのヒアリングをしただけ。特に初回の先輩とのトラブルについては、私たち夫婦への報告は一切なかったのに、学年の担任全員が見る指導記録に顧問がしっかり記録を残して回覧していたようだ。校長までその書類が上げられていたらしく、「2年の担任になった際(その記録だけ見て)一体どんなとんでもない奴なのかと身構えた。」と昨年の担任に言われた。こちらは全く知らなかったことが記録され、その記録によって担任が息子に対してマイナスの先入観を持ったことに酷く驚き、不信感というか実に一方的な印象を受けた。

 今回のトラブルも経過を聞けば、どう冷静に考えても息子だけが一方的に悪いということではなさそうなのだが、これまでの学校の対応を見ている限り、とにかく「私立であり、高い授業料を頂いているので、苛めなどがあるのはもってのほか、安全安心な学校づくりが一番、たとえ何があっても(経過は関係なく)暴力は絶対厳禁である。」という強い姿勢を感じる。そのため、私は息子には「とにかく自分から手を出したら絶対にダメ。」ということは常々言って来たのだが・・・。
 もちろん私は正しい暴力があるなどとは言うつもりはないし、苛めがあっていいとも思わない。(この辺りは男の子同士なのだから、多数対1ということでない1対1でのトラブルについては、やられたらやり返せ、そうしないと次からナメられて苛められる!的な持論を持つ夫とはちょっとスタンスが違う。)それでも物事は結果だけでなく、プロセスが大事だ、という教育が必要なのでは・・・と、とても疑問に感じる。

 喧嘩の当日は息子の首筋には赤い指の跡のような痣(内出血)、手首には大きな歯型が残っていた。「手首からは結構出血したが、消毒してもらったから大丈夫。」と言っていた。かたや相手のお子さんには息子いわく“ヘッドロックをかけて頭を殴ったら泣き出した”そうだ。

 去年の部活のトラブルも、先輩たちを含めその場にいた全員で一緒に行っていたゲームのからかいから始まったのに、結果としてそれを止めなかった年長者である先輩たちは不問で、下級生である息子一人が処分を一手に引き受けた感じを受ける。親だから息子の話は半分割り引くにしても、どうも納得がいかない。
 部活の顧問を含め、どの教員と話しても、プロセスについてとりあえず双方の話は聞くものの、実際のところ最初から処分は決まっているような印象を受ける。学校としての方針が行き渡っているのだろうと実感する。

 今でも合点がいかないのは、1年次の初回、息子が相手の制服を汚したという部活トラブルでは“汚した”という結果のみが重視され、弁償するように言われた。しかし昨年の2回目は初回と逆で息子が被害者なのだから、初回と同じ判断(相手から弁償をしてもらう)をするのだろう、それなら何も言うまい、と思っていたのだが、その時は「こういうことになったのはきっかけが息子さんにもありますから。」という言葉がついた。「前回はきっかけなど一切不問だったのに、今回息子のケースではそれを言うのですか。」と喉元まで言葉が出かかった。結局「弁償は結構です。」と引き下がらざるを得なかった。よほど目をつけられているのか。逆もまた真なり、お互い様、とはならないのか。

 それでも息子は「学校に行きたくない。」とは決して言わずに毎日通学している。ただし肝心の勉強に関しては、不思議なほどすっかりやる気がなくなっており、先日の中間テストの成績は目を覆うばかり。
 このまま高校へ内部進学できずに放り出されでもしたら、何のために小学校生活を我慢させ、3年間も塾に通って中学受験をしたのか、と暗澹たる気持ちになる。

 夫が学校から帰ってきた。担任からは「本来は同じ相手とのトラブルは2回目になると学年主任厳重注意ではなく、その上の生活指導部長厳重注意相当(次のステップが校長厳重注意だそうだ。)だ。」と言われたらしい。今回学年主任厳重注意の処分で済んだのは、言ってみれば経緯を加味しての温情判決だそうだ。
 とすれば、今回は多少なりとも、経緯が大切ではないかというこちらの言い分を学校側も理解してくれたということか。

 何よりも多感な中学高校という6年間に生涯の友人を作って欲しい、と入学させた中高一貫校である。リサーチ不足といえばリサーチ不足で、押さえ校とはいえ進学する可能性もあったのだから、受験させた親の責任に尽きるのだが、このまま引っかかりを感じながら、二度と戻ってこない大切な時期、あと3年半をこの学校に預け続けて本当に良いのだろうか。
 もちろんこの中途半端な時期に外に出て、公立の中学に編入して高校入試を受け直す、ということは現実論としてあまりにハードルが高い。

 真剣に悩むこの頃である。





コメント
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