先日、プチ虹のサロンでお話したときのこと。Kさんはもう成人していらっしゃるお二人の息子さんのお母様で、お孫さんもいらっしゃる。そしてSさんは息子と同い年のお嬢さんがいるお母様だ。
Sさんが言われた言葉にしばし唸った。「自分が娘を出産したときは自分の母親がいたから、当然のように出産・子育てのアシストをお願い出来たけれど、自分の娘が出産するとき、自分はいないかもしれない・・・、それが不憫で・・・」とのこと。「お二人は息子さんだから、あんまり感じないかもしれないけれど・・・」と。
本当にそうだ、と思った。もちろん子供にとって親は不死身というわけはないが、全面的に自分のサポーターでいてくれる存在が消失するということをリアルには想像できないものだろう。
今や本当に長寿社会になっているから、還暦を過ぎても両親が健在で、不惑を過ぎても祖父母が健在で、というケースはいくらでもある。職場の訃報も傘寿,卒寿は当たり前、という感じ。100歳だって珍しくないし、古希といわれた70代では若すぎる、とさえ言われる。だからこそ老老介護という問題も起きてくるのだろうけれど。
私が子供だった頃は、小学校でも中学高校でも交通事故やご病気等によりご両親のどちらかを亡くした友人は複数いたし、お葬式にも行った記憶がある。
一方、息子はこれまで「お葬式」に出たという経験すらない。かくいう私も親族の葬儀といえば30年近くも前に祖父母の葬儀に参列したのが最後だ。数年前の伯父の葬儀には体調不良の私を気遣った両親が連絡をよこさず、出席していなかったので。あまりに今の生活は「死」から隔離されているのではないか、とも思う。
息子を見ていても実感する。母である私が再発がんの治療中で、実際、毎週通院していることは事実としてわかっているが、床に伏したきりというわけではなく、日常生活を普通に送り、食事もお弁当も作(ってくれ)るし、洗濯もして(くれ)るし、日々仕事にも行き、ヨガにも出かけ、歌も歌い、日夜自分に渇を入れ、怒ってばかりの母。その母が、この先弱ってやせ衰えて死んでいく・・・なんていうことは実際のところ、やはり想定外なのだろう。
50歳に手が届きそうな私自身も、両親は2人とも後期高齢者になっているし、いつどちらかが倒れても不思議ない・・・、と覚悟しつつも、どこかでまだ大丈夫・・・、というように高をくくっているところがある。
息子は「僕は早く結婚して、孫を抱かせてあげるからね。」と言うけれど、まあ結婚は1人ではできないし、孫ができるかどうかだって神様の授かりものだからどうなるかわからない。
それでもこうして命のリレーが出来ていくということはやはり凄いことだ、と思う。私にはあれほど厳しかった両親が、孫である息子には別人のようにレロレロのアマアマ。私が息子にきついことを言うと、2人で顔を見合わせてため息をつく。やはり「子供」と「孫」というのは全く違うジャンルの生き物なのだ、と実感する。
私にも将来、孫を抱くことなんて、本当にできるのかしら・・・。
さて、先日火事にあわれたもう一人のSさんへのお見舞いをプチ虹のサロン・3人の連名でお送りできた、とほっとしたところ、今度はなんとKさんのお母様がお会いした日の僅か2日後に倒れ、現在入院中との連絡を受けた。これからリハビリで長丁場になりそう、とのことだった。お母様はお独り暮らしで、先日も私たちとお会いになった後、実家に寄ってきました、とおっしゃっていたばかりなのに・・・。本当にこんなことってあるのだろうか、とやるせなさに憤る。
神様はその試練に耐えられる人にのみ、その試練を与える、というけれど、現実は本当に意地悪だ。
とにかくSさんとKさんのお二人がご自身の体調を崩さず、Sさんのお父様が無事に退院されることと、Kさんのお母様のリハビリが順調に進み、ご快癒されることを陰ながらお祈りしたいと思う。
今日はこれから大学のイベントで出勤だ。
おりしも息子の学校では、先日の定期テストの成績表が配布される保護者会クラス懇談会が開催される。また今回も夫に出席を頼んだ。
Sさんが言われた言葉にしばし唸った。「自分が娘を出産したときは自分の母親がいたから、当然のように出産・子育てのアシストをお願い出来たけれど、自分の娘が出産するとき、自分はいないかもしれない・・・、それが不憫で・・・」とのこと。「お二人は息子さんだから、あんまり感じないかもしれないけれど・・・」と。
本当にそうだ、と思った。もちろん子供にとって親は不死身というわけはないが、全面的に自分のサポーターでいてくれる存在が消失するということをリアルには想像できないものだろう。
今や本当に長寿社会になっているから、還暦を過ぎても両親が健在で、不惑を過ぎても祖父母が健在で、というケースはいくらでもある。職場の訃報も傘寿,卒寿は当たり前、という感じ。100歳だって珍しくないし、古希といわれた70代では若すぎる、とさえ言われる。だからこそ老老介護という問題も起きてくるのだろうけれど。
私が子供だった頃は、小学校でも中学高校でも交通事故やご病気等によりご両親のどちらかを亡くした友人は複数いたし、お葬式にも行った記憶がある。
一方、息子はこれまで「お葬式」に出たという経験すらない。かくいう私も親族の葬儀といえば30年近くも前に祖父母の葬儀に参列したのが最後だ。数年前の伯父の葬儀には体調不良の私を気遣った両親が連絡をよこさず、出席していなかったので。あまりに今の生活は「死」から隔離されているのではないか、とも思う。
息子を見ていても実感する。母である私が再発がんの治療中で、実際、毎週通院していることは事実としてわかっているが、床に伏したきりというわけではなく、日常生活を普通に送り、食事もお弁当も作(ってくれ)るし、洗濯もして(くれ)るし、日々仕事にも行き、ヨガにも出かけ、歌も歌い、日夜自分に渇を入れ、怒ってばかりの母。その母が、この先弱ってやせ衰えて死んでいく・・・なんていうことは実際のところ、やはり想定外なのだろう。
50歳に手が届きそうな私自身も、両親は2人とも後期高齢者になっているし、いつどちらかが倒れても不思議ない・・・、と覚悟しつつも、どこかでまだ大丈夫・・・、というように高をくくっているところがある。
息子は「僕は早く結婚して、孫を抱かせてあげるからね。」と言うけれど、まあ結婚は1人ではできないし、孫ができるかどうかだって神様の授かりものだからどうなるかわからない。
それでもこうして命のリレーが出来ていくということはやはり凄いことだ、と思う。私にはあれほど厳しかった両親が、孫である息子には別人のようにレロレロのアマアマ。私が息子にきついことを言うと、2人で顔を見合わせてため息をつく。やはり「子供」と「孫」というのは全く違うジャンルの生き物なのだ、と実感する。
私にも将来、孫を抱くことなんて、本当にできるのかしら・・・。
さて、先日火事にあわれたもう一人のSさんへのお見舞いをプチ虹のサロン・3人の連名でお送りできた、とほっとしたところ、今度はなんとKさんのお母様がお会いした日の僅か2日後に倒れ、現在入院中との連絡を受けた。これからリハビリで長丁場になりそう、とのことだった。お母様はお独り暮らしで、先日も私たちとお会いになった後、実家に寄ってきました、とおっしゃっていたばかりなのに・・・。本当にこんなことってあるのだろうか、とやるせなさに憤る。
神様はその試練に耐えられる人にのみ、その試練を与える、というけれど、現実は本当に意地悪だ。
とにかくSさんとKさんのお二人がご自身の体調を崩さず、Sさんのお父様が無事に退院されることと、Kさんのお母様のリハビリが順調に進み、ご快癒されることを陰ながらお祈りしたいと思う。
今日はこれから大学のイベントで出勤だ。
おりしも息子の学校では、先日の定期テストの成績表が配布される保護者会クラス懇談会が開催される。また今回も夫に出席を頼んだ。