FPの家で暮らす

ストレスフリーなFPの家で ひとり暮らし満喫

糸魚川ジオパーク6

2024-10-11 16:50:28 | 

前日と同じ料理屋・煌凜丸で今度は刺身メインの昼食を食べたあと、午後は寺地遺跡公園へ。
ここでも縄文時代の住居跡が見つかっている。


復元された住居も。


その後、青海海岸で石拾いをしたが、石拾いについては後でまとめて書こう。
青海海岸と糸魚川海岸の間に、天津神社へ寄った。


ここは、拝殿はひとつなのに、本殿はふたつある。
右が天津神社、左が奴奈川神社(半分しか写ってない)


さて、石拾いのこと。
最初に訪れたのは青海海岸。


次に立ち寄ったのが糸魚川海岸。



ヒスイ海岸と看板が出ているが、ジオガイドさんによれば青海海岸の方がお薦めとのことだった。

これらの海岸で拾ったヒスイはお持ち帰り自由だが、最近ではめったに見つからないそう。
とはいえ、ここでは海岸に落ちている石の種類がとてもバラエティに富んでいて、石拾い自体が楽しかった。
道の駅では海岸で拾える石の一覧というポスターを売っていた。
しかし、同じ種類の石でも見かけはずいぶん差があり、素人が同定するのは難しい。
その点、ジオガイドさんが一緒だと、石の名前をその場で教えてもらえて助かる。

わたしが拾ってきた石たち

左上から時計回りに、キツネ石(左下部に白雲母入り)、結晶片岩、電気石入り流紋岩、
薬石(流紋岩質凝灰岩)、緑色の石英、変はんれい岩

最後の変はんれい岩だけは海岸で拾ったものではなく、フォッサマグナ境界で
ガイドさんが手渡してくれたものだ。

キツネ石は正式にはリストベナイトと言う。
キツネ石の名がついたわけは、きれいな緑色の鉱物が入っているため、
ヒスイかとだまされてしまうからだそう。

この日は午後になっても雲があまり流れてこず、ずっと青空がきれいだった。
どの訪問地も、雨だったらぜんぜん楽しめなかったはず。
親不知トンネルへ下りる階段など、雨天だったら滑りそうで怖かったろう。
ほんとうに天気に恵まれた3日間だった。

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糸魚川ジオパーク5

2024-10-07 13:33:23 | 

最終日、最初の訪問地は弁天岩。
この日もすばらしい快晴。

この岩は海底火山から噴出した凝灰角礫岩でできている。

弁天岩のてっぺんには灯台があり、橋で渡れるようになっている。




小さい島ながら、海の守り神として知られる厳島神社まである。
木に隠れてよく見えないが、灯台の右下にちらりと見える赤いのが鳥居。

階段があるが、足場の悪い岩の上を歩く場所もあった。
灯台の下まで上り、一周して戻った。

次は、そこからほど近い能生白山神社へ。


ここの本殿は室町時代に建てられたもの。

本殿は柵の向こうで、近くには寄れない。

こちらが拝殿


それにしてもいい天気


宝物殿の中を見学
昔の蔵のような分厚くて頑丈な扉を開けて入る。

ジオガイドさんによれば、反対を押し切って少し前に見学料を取るようになったそう。
そのため、見学者がガクンと減ったと言うが、内容を見るとわかる気がする。
棚に収納されているだけで、見られないものが多すぎ。

このあと、海岸沿いに走る道路際にバスを停めて、トットコ岩を見る。

トットコとは、ニワトリのこと。
くちばしまでついているが、体型から言えばニワトリよりウズラだな。

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糸魚川ジオパーク4

2024-10-04 11:52:19 | 

昼食後はまず、道の駅親不知ピアパークへ。
ここは北陸自動車道の高架下を利用して作られている。


ピアパークから親不知展望台へ向かう車窓から見た北陸自動車道


親不知展望台から、通行困難な親不知の道路4世代を眺める。

4世代道路とは
①古代から使われた海岸沿いの、波にさらわれる危険もあった道路
②明治16年に作られた幅4.5mの国道
③2車線となった現在の国道8号
④一部海上を走る北陸自動車道

こんな立看も(笑)


②の旧道は現在はコミュニティロードとして整備されている。
そこから階段を下ったところにある親不知レンガトンネルを歩いた。
入り口


前に春日井の廃線になった愛岐トンネルを歩いたことがあるが、
砂利にこびりついたススで靴が黒くなった。
今回、汚れてもいいスニーカーをトンネル歩き用に持ってこようか迷った。
でも、ここはトンネルの左側だけは舗装されていたので、汚れることもなく、歩きやすかった。

フットライトはあるが、間隔がまばらなので懐中電灯を持参した。


出口

その先に続く廃線が見える。

トンネル内を歩くのは大したことなかった。
入り口へ下りる階段と出口から上る階段の方が疲れた。

この日最後に訪れたのは月不見の池。


小さい池を一周して、巨石を見て回った。






たくさん歩いたと思ったが、初日の11,000歩に対して、
2日目は9,000歩だった。

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糸魚川ジオパーク3

2024-09-30 13:46:19 | 

ホテルの部屋からは海が見えた。
明日の好天気を予感させる初日の夕焼け。


じっさい次の日の朝、地元のジオガイドさんは、9月に入ってから一番の快晴だと言っていた。
最初の訪問地、明星山も青空に映える。


明星山は石灰岩の塊。
この南壁はロッククライマーに人気なのだそう。
秋になると上っている人をよく見かけるらしい。


今回のツアーの参加者は15人だったが、2人参加は夫婦2組のみ。
残りの11人はすべて1人参加。
思うに、地質好きの同行者を見つけるのが難しいからじゃないかな。

明星山岸壁の下、小滝川が流れているあたりがヒスイ峡。

写真右下、ゴロゴロしている大岩のいくつかはヒスイだ。

これもヒスイ原石

表面が風化しているとヒスイとはわからない。

少し走って高浪の池へ。
この池は巨大な地滑りでできた。

ここでは4mほどの巨大魚が何度か目撃されているとか。
ジオガイドさんの友人も見たそう。

高浪の池越しに見る明星山


少し離れた展望台から見た明星山と高浪の池


お昼は市の中心部に戻って、煌凜丸というお店で海鮮丼を食べた。

3日目もお昼はここだった。
糸魚川市はあまり観光客が多いとは思えないところ。
それゆえ15人ほどがまとまって食事できるお店が他にないのだろう。

このあたりの好きなお店で食事して、再集合しましょうでも、わたしはいいと思った。
しかし、それだと迷子になる人が出るのかも。
じっさい、早めに食べ終えて外をぶらつきに行った男性が迷子になって、
バスの出発が20分も遅れたのだった。

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糸魚川ジオパーク2

2024-09-29 16:36:25 | 

フォッサマグナミュージアムの次に訪れたのは、長者ヶ原考古館と遺跡公園。

復元住居自体は、地元の遺跡に復元されているものと大差ない。
ほかの縄文遺跡と差別化される点は、ヒスイの加工と交易に従事していたこと。
しかし、できのいい製品は出荷されてしまったようで、ここで発掘して出てきたのは
加工途中の半製品ばかりなんだとか。

ところで、縄文時代の家というと、上のような形を思い浮かべるが、
この家の中で火をたいていて火事になりかけたことが何度かあるそう。
実際に暮らしていて、それはとてもまずい。
復元住居は後世の人間の想像でしかないので、どこか間違っているのではないか。
――というのは、ジオガイドさんの意見。

ここの見学を終えてバスに乗ろうというとき、とつぜん雨が降ってきた。
旅行中、雨はこのときだけ。
それも、次のフォッサマグナパークに着く頃にはやんだ。

これが、ブラタモリでもロケしていた有名な断層露頭。


フォッサマグナというのは、アジア大陸から日本列島が離れるときに、
東日本と西日本が割れて間が海峡になったのち、埋め立てられた部分。
東京や富士山もフォッサマグナ内に位置している。

そのフォッサマグナと西日本との境界が糸魚川-静岡構造線で、
上の写真で東と西の間に示された線になる。

そのため糸静線の東側の地層は1,600万年前と新しいのに対して、
西側は2億7,000万年前(古生代!)という古さだ。
これほど年代に差のある地層が接しているなんてすごい!

近くには枕状溶岩も見られた。
もっと大きい枕状溶岩もあるそうだが、今は近づけないとのこと。


この日の最後に、日本海展望台へ。

と言っても、それほど高い展望台ではない。

写真ではわからないが、西の水平線上には能登半島が眺められた。

この写真の水平線上をほぼ占めているくらい長い。

近くにある奴奈川姫像。

大国主命は姫に求婚するためにここまで訪れたそう。
はるばるこんな遠くまで!

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