このメンバー七人で長野まで行くのは初めてではない。まだ、新幹線の無い青年時代の真っ盛りに志賀高原か野沢温泉にスキーに行って以来か。今回の旅行は、ビューの企画の「地温泉シリーズ」の内、松川渓谷の七味温泉と決めた。小布施、善光寺などの観光名所や立ち寄りの名湯が多いことが決め手だ。
東京駅から新幹線で長野へ、長野でレンタカーを借り、まずは昼も近いので信州蕎麦でも食らおうと一路「小布施」へ。小布施の蕎麦処「富蔵屋」に入る。時間が早かったせいかすんなりと座れる。めいめいに注文するがオジンは辛味大根つきの田舎蕎麦を注文。蕎麦汁はやや甘めだが、鋭角に切られたコシのある蕎麦は旨い。量も十分にあり満足じゃ!
食後は暫し小布施の街をブラリと徘徊、徘徊老人の集団は当然に「枡一酒造」に吸い込まれ、当夜の酒の仕込みとなった。北斎館は生憎の休館、広島城無断改築を口実にして、この地へ改易された福島正則の墓所のある禅寺の古刹「岩松院」へと向かう。葛飾北斎80歳過ぎの「八方睨みの天井絵」がある。色彩は今もって艶やか、床几に仰向けに寝そべり鑑賞するも、なるほど、八方睨みではある。
さて、小布施からいよいよ松川渓谷へと走ること小一時間、いまだ雪渓の残る「八段滝」を眺め、「雷滝」に到着。別名「裏見の滝」で滝裏に入ることを楽しみにして追ったのだが、渓谷への降り道が残雪で進入禁止。残念ではあるが、すぐ近くの最初の立ち寄奥山田温泉郷のひとつ「瀧の湯」に向かう。
「瀧の湯」の露天風呂は、渓谷へ下ること約5分。道路沿いの旅館とは離れている。簡素な男女別の脱衣所の奥には内風呂があり、露天は内風呂を通って外に出る。渓谷沿いの広々とした風呂は、それぞれの内風呂から出て混浴である。岩風呂、露天風呂は透明なカルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉とのこと、やや熱めである。露天客用と思われる広い休憩室で温泉玉子と高原牛乳を注文でクールダウン。
車で5~6分走ると七味温泉にやや早めの到着。七つの源泉をひとつにブレンドしたことら名付けられた七味温泉「渓山亭」。「にごり湯」で源泉かけ流しの湯。夕食前に旅館お薦めの貸切露天風呂を予約。歩いて5分くらいのところにも露天があるという。早速外の露天へと気持ちが焦るが、その前に、部屋での飲み会用に地元の酒と肴を準備していないことを思い出す。我々の旅行では不覚である。
車で10~15分下ると山田温泉街がある。七味に来る途中、山田温泉街に酒屋があるのを思い出す。早速、レンタ君で買出しに向う。下り始めて、瀧の湯と七味温泉の中間にある五色温泉を過ぎたあたりで車の調子がおかしい。パンクである。パンクしたタイヤは他の三本と比較して明らかに消耗している。予備のタイヤを積んでないワゴン車、山道の路肩に駐車し、レッカー車を待つこと約1時間半。相方は携帯不所持、こちらの携帯電話もレンタとレッカーとの交信で電源切れも近い。夕闇が迫りくる中、宿の仲間に連絡するも露天でのんびりしているらしく不通。何回目のトライでようやくに事情を知らせる。
七味温泉の売りの露天は、また次の機会にせざるをえないようだ。レッカー車に同乗して須坂のタイヤ店まで辿り着く。運がいいことにタイヤ屋の隣に「大型酒店」を発見。交換する間に、どっさりと須坂の遠藤酒造「純米・渓流」、「吟醸・渓流」、併せて缶ビールとハイボールを購入。不運を取り返してやるとばかり十分に仕込んだ頃合いにタイヤ交換終了。
早速、須坂の町から七味へ夜道を走る。途中、七味温泉の入り口近くでカモシカと遭遇。カモシカには仕事で時たま遭遇するのため、ワシには感動はさほど無いが運転の相棒は相当驚いていた。旅館に夕食時間を一時間遅らせてもらう。その間、呑ん兵の仲間はどうしていたのだろう。実は小布施「枡一酒造」で購入した酒も車の中にあったのだ。旅館の自動販売機のビールで時間つなぎしていたそうだ。
夕食は、囲炉裏のある個室で仲居さんがまめに給仕してくれる。燗で頼んだ宿の酒は、先ほど須坂で仕入れた酒と同じ「渓流」である。純米かと問うたがわからんらしい。酒席に持ち込んだ枡一酒造の「純米スクウェアワン」と比較しつつ遅い食事のせいか忙しく飲む。後ほど部屋に冷やしてある純米と吟醸の「渓流」と比較するのも楽しい。隣の囲炉裏でゆっくりと焼いているヤマメの塩焼きの香りが香ばしい。
夕食も九時過ぎとなり仲居さんには残業をさせてしもうたわい。食後、早速に風呂にありつく。真っ暗な山道で取り残されずに、無事にたどり着いた安堵感か温泉が格別に感じられた。外の貸し切露天は残念ではあったが致し方なし。風呂上がりのビールと、その後の切れのいい「渓流」で気持ちよく酔う。
翌朝は晴天、志賀高原ルートの山田牧場まで足を伸ばす。未だ雪深く、除雪車がゴールデンウィークに向けて作業中である。車のナンバーもアチコチから来たスノーモービルの一連隊がブンブンとエンジンの調子を整えている。行き止まりから引き返し山田温泉街の真ん中にある町営の「大湯」に立ち寄る。高い天井と木の香りが漂う、熱めの素晴らしい湯である。カランは蛇口ではなく一寸角の木樋で、樋の堰板を倒すと、大き目の木樋に溜まっている湯が流れ落ちる寸法だ。従って、皆が一斉に使うと湯が無くなり出が悪くなるという。木造の建物は比較的新しいが、徹底的に昔のままに拘っている姿勢が嬉しい。すぐ近くに町の休憩所があり高原牛乳で一息つく。歴史の息吹感ずる「大湯」を後に、次の目的地、昼飯予定の善光寺さんまで約一時間走る。
「桜」六分咲きの善光寺裏手の駐車場に車を止め、本堂をすり抜け参道近くの蕎麦屋「小菅亭」に入る。運よく座敷の一テーブルが空いていた。ここの蕎麦は相変わらず旨い。特に「鴨せいろ」は鴨肉もたっぷりあり、尚且つ美味である。蕎麦も地粉が良いせいか、やはり信州は蕎麦に限るとの感。腹も満足したところで善光寺へのお参り、本堂で磨り減った「おびんずる様」の頭を撫でて無病息災を祈る。
さて、最終行程は、仲間の希望で「川中島古戦場跡」、中洲と思いきや平野のど真ん中。何回か仕事で通りすぎてはいたが立ち寄ったことは無かった。改めて、いい機会だと思う。神社と銅像があるだけだが、戦の解説板が興味をそそる。美女山が何処か、どちらが勝ったか負けたか良くわからない。上杉謙信が信州から撤兵したのだから信玄が優勢と見てよかろう。
そろそろ、帰りの新幹線の指定の時間が気になる。タイヤ交換したレンタカーを駅前に返した後、晴れて須坂で買いすぎた酒を何気兼ねなく飲める車中の人となる。それにしても、パンク発生が、全員乗せて翌朝の山道であったら思うだに恐ろしい。何はともあれ、無事にアキバに辿り着き駅前で改めて乾杯とあいなった。