散日拾遺

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臨床外雑記 001: 大鳥神社/酒/ちゃんとしたところを教えて

2013-12-02 00:15:20 | 日記
 これは先々々週の振り返り日記、まるで古文書だ。書きかけて2週間以上も放ってあったのだ。やれやれ忙しかったもんな。

2013年11月14日(木)

 午後からは職域健保組合の保健センターで外来診療。
 例によって詳しくは書けないので、今日は「診療に関係ない語録」で行っちゃおう。臨床雑記だ。

〇 関西出身のTさん、お正月は毎年、人出の凄すぎない寺社へ初詣を楽しむのだと。

 それでも、芝の増上寺と神田明神は外さない。明治神宮などは避け、乃木神社、東郷神社あたり。
 関西在住の頃は、大鳥神社によく参ったと聞いて、ヘンな顔をしちゃったかもしれない。目黒権之助坂下のでっかい大鳥神社が頭に浮かんだからだ。帰って調べたら、大阪府堺市に大鳥神社(大鳥大社のほうが通りが良いらしい)あり、実はこちらが全国の大鳥神社・大鳥信仰の総本社だという。

 大鳥信仰というのは日本武尊に由来するようだ。
 伊勢の能煩野(のぼの:三重県亀山市)で没した尊の陵墓から、魂が白鳥になって飛び立つ。その向かった先が古事記と日本書紀で違いあり、古事記では河内の国志幾に降り立ち、そこから天へ翔け去る。日本書紀では大和琴弾原と河内古市の二カ所を経て天に去る。何しろ河内に降り立っているのは、現世のどういう関係なり構造なりを投影したものだったのか。ともかく、河内における白鳥の着地点のひとつが、堺市にある大鳥神社の縁起になったのだ。

 関西には酉の市というものが存在しないが、こういう次第で大鳥神社にはそれがある。だからという訳でもないが大鳥神社が好きで、とTさんは温顔をほころばせて話してくれた。
 Tさんは小さくもない会社の重役さんだが軽い会食不安があり、30錠ほども抗不安薬をさしあげるとそれを必要時に頓用して上手にコントロールしておられる。薬が残り少なくなった頃、ちょうど半年に一回ぐらい姿を現されるのが、僕にも季節の楽しみという感じ。修正のしようもない筋金入りの大阪訛りが、Tさんの口から流れ出すと激しさも顕示性もさっぱりと拭われ、何かとても穏やかで懐かしい響きに聞こえる。

 人だ、結局は。
 ついでに、酉の市は元祖・大鳥神社と愛知県などの例外を除き、基本的に関東のものだと初めて知った。日本武尊は西から東へ押し出す大和朝廷のシンボルだったのに、その足跡がもっぱら東に遺っていることが興味深い。
「すめらみこと、われに死ねとおぼしめせか」
 日本武尊の負わされた役割とあわせ、考えれば面白いことがこのあたりにありそうだ。 

「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留置(とどめおか)まし大和魂」
 ええ分かってます、これは日本武尊じゃなく吉田松陰の辞世なんですけどね。何しろ日本武尊の魂は東に留め置かれることを望まず、大和・河内そして天へと帰って行った。代わりに東には大鳥信仰と酉の市が遺される。
 でも、何で河内なんだろう?
 そこなんだよな、問題は。

〇 酒
 次のKさんは茨城の出身、やはり軽い不安障害をおもちだが、最近はずいぶん電車も平気になってきた。釣りと三線(さんしん、つまり沖縄の三味線)を趣味とし、これらとあわせて酒をこよなく愛する朴訥なひとりものである。
 何となく酒の銘柄に話を振ったら、とたんに食いついてきた。
 『田酒(でんしゅ)』という青森の酒に、今は惚れ込んでいるという。その名を口にするだけで、目の縁がほんのり赤らんでいる。すると診察介助に付いていたヤンチャなM保健師が、『楯の川』はどうですかと訊いてもないのに言い出した。山形は省内酒田の逸品だそうな。みんな好きだな・・・

 アメリカの疫学調査では、大酒はパニック障害の危険要因に挙がっているんだが、まあいいか。

〇 「ちゃんとしたところを教えてください」
 と言い出したのは、例のマコトちゃんである。これは臨床「内」か、これならいいだろ。

「どう、寝られるようになったの?」
「ええ、まあフツーに。ただ上司から言われちゃって」
「何を?」
「いえ、何度も通ってるもんだから」
「何度もって、三回目だよね?処方を調整するのには、そのぐらいかかると思うけれど。それで上司が何だって?」
「もっと、ちゃんとしたところで診てもらったらどうだ、って」
「ちゃんとしたところ・・・それで、あなた自身はどう思うの?」
「それもいいかなって」
「ははあ」
「で、紹介してもらえって」
「は?」
「どっかちゃんとしたところを、ここで紹介してもらって来いって」

 少し前に僕が何かで・・・そう、口の利き方を知らない福祉担当者にブチ切れた話を書いたとき、Kokomin さんが「石丸先生が攻撃的になってるんじゃないか」って心配してくれたんだが、御安心あれ僕の怒るパターンははっきり決まっていて、全般的には至って温和なものだ。そしてマコトちゃんに関して言えば、怒るどころか可笑しくて仕方がないんだな。
 だってさ、「おまえの通ってる医者は頼りなさそうだから、もっとちゃんとした医者を当のその医者から教わってこい」という上司も上司なら、それを子供の使いよろしく復唱する本人も本人で。横で診察介助のM保健師の方が、アタマに来かかってる気配があるが、まあいいじゃないの。
 もっとも、紹介状なんか書きはしない。そんな大げさな話でもないしね。

「仕事に差し支えなくしたいなら、土曜日に診療やってるところだよね。地元に心あたり、ないかな?」
「あ~、あります、たぶん」
「んじゃ、そこへ行って、これまでの経過を話して処方を見せて、それで十分だよ。紹介状を書くと料金が発生しちゃうからね」
「わかりました、そうします」
「何かあったら、またいらっしゃい」
「ありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀して、少し照れくさそうに去って行く。
 怒ったりしない、ただちょっと心配なのだ、彼の行く道、行く末が。