散日拾遺

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「もてなす・つかえる」「みんなを・ひとりひとりを」 / ジャコバンの名の由来

2016-09-18 20:27:26 | 日記

2016年9月18日(日)

 M先生は随所に原語解説を交えてくださるのが、僕などには嬉しい。

 ペトロの姑(つまりペトロは妻帯者だったのだ)が熱性疾患で床についているのをイエスが癒やす。「イエスがその手に触れられると、熱は去り、しゅうとめは起き上がってイエスをもてなした」(マタイ8:15)とある部分、「もてなす」は「つかえる」とも訳せる言葉であると。"και διηκονει αυτω." がその部分で、διηκονει は διακονεω の未完了過去なのだ。deacon(奉仕者・執事)の語源である διάκονος はその名詞形にあたる。未完了過去は一回の動作ではなく継続・反復を意味し、さしあたりしゅうとめさんは主を「もてなしはじめた」とするのが作法らしい。「もてなす」ならそれでよいだろうが、「仕える」とするならむしろ「その時以降、主に仕え続けた」とするのが自然な気がする。

 ところでこの記事には並行箇所が二つある(マルコ 1:31、ルカ 4:39)。比べてみると微妙ながら見逃せない違いがあり、マルコとルカでは「イエスを」ではなく「一同を」もてなしたとされるのだ。動詞はいずれも διηκονει だが、奴隷でもないのに「一同に仕える」は妙だから、これは「もてなす」とする他ない。さてはマタイ先生、やりましたね。共観福音書三者の関係は、最古のマルコが資料の原型を保存し、マタイとルカがマルコに依拠しつつ特殊資料を加味してそれぞれのテクストを編み上げたとされる。マルコが「一同をもてなした」とあるのをルカはそのまま採用し、マタイが「イエスを」に変更して「仕える」と読む余地を生み出したものと思われる。

 もうひとつは「イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた」(マタイ 8:16)とあるところ。「皆」とあるところに差異がある。

マルコ 1:34 「大勢の人たちをいやした」 εθεραπευσεν πολλους κακως εχοντας

マタイ 8:16 「病人を皆いやされた」 παντας τους κακως εχοντας εθεραπευσεν

ルカ 4:40 「その一人一人に手を置いていやされた」 ενι εκαστω αυτων τας χειρας επιτιθεις εθεραπυσεν αυτους

 ενι εκαστω が「一人一人に」と訳される箇所である。そういえば主の祈りの言葉について、マタイが「わたしたちに必要な糧を今日 σημερον 与えてください」(6:11)とするところ、ルカは「わたしたちに必要な糧を毎日 κατ' ημεραν 与えてください」(11:3)とする。「毎日」は「一日一日」のこととすれば、一つ一つの個別単位を大事にするのがルカの筆法らしい。医師であったことと関連する姿勢でもあるだろうか。

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 これはまた別の話で「ふと思ったんだけど」と次男、「ジャコバン派のジャコバンって、ヤコブと関係あるのかな」字面を見ていてそう思ったのだそうだ。

 フランス大革命時の急進派がジャコバンなんだから、まさか教会関係でもあるまいと思ったが、そのまさかが正解らしい。パリのジャコバン修道院に集ったグループをジャコバン・クラブと称し、当初は革命勢力のゆるやかな連合体だった。そこから立憲王制派のフイヤン Feuillant、穏健共和派のジロンド Girondins が脱退し、当初は山岳派 Montagnards と呼ばれた急進共和派が残った結果、ジャコバン=急進派の図式ができたのである。(ジャコバン・クラブ脱退後の立憲王制派はフイヤン修道院を根拠としたのでフイヤン派と呼ぶ。この種のグループが集まる場所として、好んで修道院が選ばれたのが面白い。)ジャコバン修道院のジャコバンは Jacobin つまりまさしく Jacob の名を冠した修道院だったのだ。

 なお、この場合のヤコブは旧約聖書のヤコブであって、新約の使徒ヤコブではない。これはブログには書かなかっただろうか、ギリシア語の活用の問題などから新約のヤコブはヨーロッパ諸言語でさまざまに化けている。スペイン語は Iago(チリの首都名などに見られるサンチャゴは聖イアーゴ)、英語では James がこれにあたる。アメリカ滞在中にうっかり「使徒 Jacob」と言ったら「James のことね」と直され、ほんとはこっちが正しいのにと思っていた。フランス語では Jacque (ジャック)が新約のヤコブで、Jacob と綴られる場合は旧約のヤコブなのだ。

 何はともあれ御賢察、おかげでひとつ勉強した。

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