2016年9月21日(水)
臨時の会議、O先生が珍しく少し遅れていらした。
「いやあごめんなさい、一汽車遅れてしまって。」
頭をかきながらおっしゃる言葉で場がさざめいた。
「汽車、ですか?」
「ええ、新幹線を一本」
「汽車なんですね」
「ええ、新幹線」
D51(デゴイチ)、C62(シロクニ)、機関車やえもん・・・汽笛、シュッシュッポッポ、煙と火の粉、「炎は曠野を明るくせり」の詩句(朔太郎)から芥川の『蜜柑』まで、懐かしいあれこれが一斉に彷彿され石炭の香りまで蘇るようである。寅さんシリーズの初期には、蒸気機関車の窯焚きを主人公にしたものがあった。そんなに昔の話でもないのだ。
移動手段としての鉄道を総称して「汽車」と呼んだ世代があり、これがある時期から「電車」に変わる。団塊/全共闘世代に属するO先生は「汽車」世代の終わりあたりか、そこから10年弱下って僕らははっきり「電車」世代である。1980年頃K先生の別荘に寄せていただいた時、「帰りの電車を一本遅らせます」と言ったらとても面白がられた。当時の首都圏は完全に電化されていたが、大正生まれのK先生にとって遠距離列車はやはり「汽車」だったのである。
O先生の新幹線汽車説を面白がる一同の中にも、さらに世代の別がある。誰かが「『チッキ』ってわかる?」と言い出した。「わかる」「懐かしい」と反応したのはT先生・Y先生・僕の同学年トリオまでで、さらに10年弱若い人々は「何ですか?」「どういう字?カタカナ?」とキョトキョトしている。N先生が真顔で「それは、そのシステムの名称なんですか?」「そうです」と答えたが、やや不正確だったかも知れない。
チッキの語源には check 説と ticket 説があるらしいが、いずれにせよそのように運ばれる荷物や預かり証を指すとともに、システムそのものをも表した。書き下すとややこしいようだが、「宅急便」や「郵便」だって同じことである。チッキのトリビアについては wiki がそこそこ詳しい。そこにあるように、宅配便に圧倒されながらも実態は1986年まで存在した。奇しくも僕らが世間に出た年である。ただ、「チッキ」という言葉はそれよりだいぶ前に使われなくなっており、同学年トリオにとっても「親たちが旅行の際によく口にしていた言葉」といったほうが適切であろう。
語彙の変遷、今はずいぶん加速され、変遷の様相すら見えづらくなっている。
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