散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
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6月10日 怪盗リュパン・シリーズ最初の短編集出版(1907年)

2024-06-09 03:50:31 | 日記
2024年6月10日(月)

> 1907年6月10日、フランスの小説家モーリス・ルブランの生み出した「アルセーヌ・リュパン」を主人公とするシリーズの、最初の短編集が出版された。リュパンは神出鬼没の怪盗で変装の達人、探偵や冒険家の顔も併せ持つハンサムな紳士である。同時期にイギリスでコナン・ドイルによって創り出された頭脳明晰な探偵「シャーロック・ホームズ」とは一味違う、フランス人好みのお茶目な主人公だった。
 そのホームズとリュパンは、ルブランの作品の中で対決している。もちろんドイルの了承を得たコラボレーションではなく、「シャーロック・ホームズ」の頭文字を前後に入れ替えた「エルロック・ショルメ」として登場している。
 ルブランは作家を志し、フローベールやモーパッサンの影響を受けつつ作品を発表していたが、大衆雑誌「何でも知っている」の創刊者ピエール・ラフィットから依頼を受け、リュパン・シリーズを書き始めたという。雑誌に発表された第一作は「アルセーヌ・リュパンの逮捕」であった。これが大人気となったため、次々に続編を執筆したが、ドイルと同様、他の作品を発表するのもままならぬ、ベストセラー作家ならではの悩みもあったようだ。
晴山陽一『365日物語』(創英社/三省堂書店)167

  

左:Sir Arthur Ignatius Conan Doyle、1859年5月22日 - 1930年7月7日
右:Maurice Marie Émile Leblanc、1864年12月11日 - 1941年11月6日

 ルパンは Lupin だから、「リュパン」と書いた方が原語に近いのだろう。『8・1・3』は面白かった。『鉄腕アトム』に「金三角」という盗人が出てきて、中国人という設定にしてもヘンな名前だなと思っていたのが、『黄金三角』のもじりだったことを後から知った。
 その時代にイギリスが行っていたあらゆる戦争を徹頭徹尾支持し、晩年には心霊主義に傾いていったコナン・ドイルは、作品の素晴らしさにもかかわらず反感と薄気味悪さが拭えない。モーリス・ルブランにもさまざまな面があり、とりわけ自作の中でのホームズの扱い方には首を傾げる部分があるが、下記の逸話には本来の人の良さが現われているようである。

> 1898年頃、助言を求めてきた若い作家からの手紙に対し、ルブランは次のように答えた。
 我々の偉大な作家たちをたくさん読みたまえ。フランス的な才能に恵まれた作家たち、モンテーニュ、パスカル、ラ・ブリュイエール、短篇小説のヴォルテール、ポール=ルイ・クーリエ、フロベール、ルナンを……
 生きなさい。そうだ、何よりも生きて、多くのことを感じ、愛し、苦しみ、幸福でいるように心がけたまえ。我々は生きるために生きている。それが、我々の第一の義務だ。それに、それがよい作品を書く最良の方法だ。作品は、それが人生に基づいていなければ、説得力を持たない。小部屋に閉じこもっているような人が書くのは、空虚についての作品だ。街路に太陽があれば、あるいはどこかにきれいな女性がいれば、ペンを捨てなさい。後で、ペンを取ることはいつでも出来るでしょう。その後、あなたが書くことは、必ずその暑さと美しさの影響を受けずにはいられないでしょう。
 もう一つ助言を。もし可能なら、たくさん旅をしなさい!
「いやいやながら ルパンを生み出した作家 モーリス・ルブラン伝」 P136-137

写真と引用:

Ω

6月9日 ルソー 『エミール』出版で有罪となる(1762年)

2024-06-09 03:02:45 | 日記
2024年6月9日(日)

> 1762年6月9日、ジュネーブ生まれの思想家・文筆家、ジャン・ジャック・ルソーがフランス語で書いた教育論の名著『エミール』が教会と当局の忌諱に触れ、パリ高等法院から有罪の判決を受けた。
 ルソーは同書の第四編中に収められた「サヴォアの助祭の信仰告白」の中で、教会の教義や秘蹟を認めない自然宗教論を展開し、「正しい心こそ神の本当の神殿である」などと書いたため、教会の怒りを買ったのである。
 著書は焚書処分を受け、ルソー自身に逮捕令が出されたためジュネーブに逃れるが、ここも追われ、スイス各地を転々とした後、イギリスの哲学者ヒュームに迎えられて英国に渡った。しかし、自分を取り巻く「陰謀」の包囲網が狭まっていくという被害妄想にとりつかれ、ヒュームと決別してしまう。
 ルソーは、今風に言えばフリーターの元祖のような人物で、『エミール』もわずか一年間リヨンで家庭教師をした時の経験を基にして書かれている。エミールという少年を一人の教育師が育てていく過程を克明に書いたものだが、この本の影響は非常に強く、広範囲にわたった。近現代の教育学は『エミール』を除いて考えることはできない、と言われるほどである。
晴山陽一『365日物語』(創英社/三省堂書店) 166

Jean-Jacques Rousseau, 
1712年6月28日 - 1778年7月2日

 こんな大事なものを今まで知ることなく、ああどれほどの時間を無駄に過ごしてきたのか、御丁寧に買い込んで本棚に並べていながら、今日の今日まで手に取ろうとしなかったとは…などと手を震わせながらめくったページに、自分自身の古い書き込みを発見した時の感情を何と表現したものだろう。
 その時もまず第四編の『サヴォアの助祭の信仰告白』を真っ先に読み、赤鉛筆でたくさんの傍線を引き、書き込みの後に日付まで添えたのである。まるで40数年後の今日という日を予見していたかのようだ。

 …わたしによくわかっていることは、「わたし」の同一性は記憶によってのみたもたれること、そして、じっさいに同一のものであるためには、わたしは以前にもあったことを思い出す必要があることだ。
 
 「よくも先に書きやがったな、実にそのとおり!」などと乱暴な書き込みがある。1982年4月11日の日付あり、大学では専門課程に進み、まもなく解剖学実習が始まろうとする頃だった。

 ところで、わたしが死んだあとで、生きているあいだ自分はどういうものであったかを思い出すなら、わたしが感じたこと、したがってまた、わたしがしたことも思い出さずにはいられないのだが、わたしは、そういう思い出がいつかは善人の喜びとなり、悪人の苦しみとなることを疑わない。
『エミール』岩波文庫版(中)P.158
 
 止まらなくなりそうだから、今日はこのぐらいにしておこう。
 ただ、もう一つだけ。ルソーという人物に預言者的な霊感の備わっていることは、『エミール』に先だって『社会契約論』を読んだ時からわかっていた。それも衝撃的なわかり方だった。
 
 ヨーロッパには、立法可能な国がまだ一つある。それは、コルシカの島である。この人民が彼らの自由を取りもどし守りえた勇敢不屈さは、賢者が彼らにこの自由をながく維持する道を示すに値するであろう。わたしは何となく、いつかこの小島がヨーロッパを驚かすであろうという予感がする。
『社会契約論』第二編第十一章、岩波文庫版 P.76-77
 
 『社会契約論』は『エミール、または教育について』と同じく1762年に出版された。ナポレオン・ボナパルトがコルシカ島アジャクシオで誕生するのは、その七年後のことである。

Ω