前回、前々回の記事の続きで話させていただきますが、まあそういうわけで、想像力の問題で、シーカヤックを漕いでて、もしここで海が荒れてきたりしたら怖いだろうな、なんて意識も心の片隅で常に働かせていたりもします。またおかげさまで世界のあちこちへカヤックトリップする機会にも恵まれているわけですが、もしかしたらいつか行くことになるかもしれないし、あるいは何らかの拍子に自分がその場にいたかもしれないということで、ハイチの地震のことがかなり気になっている次第です。シーカヤッカーとして、荒れた海に身を置くとほんとに怖いっていうのの延長線上で、地震で家とかが倒れてきたらとんでもなく怖いし痛いだろうなと考えてしまいます。気の毒でなりません。
今日の朝日新聞朝刊を見ていると、15年前の神戸の震災関連の記事が「忘れないで語り継いでゆこう」という論旨で何面にも渡って掲載されていたけれど、一方ハイチ地震の記事はほんの少々といった具合だった。
現時点で起こってる地震災害だぜ。
誤解しないでもらいたいのは神戸のことを取り上げることをうんぬん言ってるんじゃなくて、その文脈でなぜハイチへの想像力に繋げた紙面にならないのか、ということだ。そのバラバラ感に、とりあえず感が匂った。
冗談きついというか、一種のブラックジョークかと思った。
※写真は、インド最南端コモリン岬に行ったときのものです(前々回の夕日の写真も同じです)。ここでは海上はるか彼方に観音浄土の地「ポータカラ」があるという信仰が古代からあり、数多くの人たちが平和への祈りをささげたという場所。これにちなんで海のはるか彼方で起こったハイチ地震の犠牲者の冥福をお祈りするとともに、一日も早い復興を願ってやみません。