フォールディングカヤックの中では数少ない本格シーカヤックタイプのひとつ、「アルフェック・エルズミア530」について書いてみたいと思います。これからカヤックを購入しようと考えている人の参考になれば幸いです。
ちょうど先月ぼくはこの艇で、鹿児島県の西海岸沖にある「甑島(こしきじま)」を一周しました。東シナ海の荒海をテント、寝袋、食料などすべてのキャンプ用品をフル荷重で10日前後漕ぎましたので、ほぼこの艇の特徴、長所や短所をつかんだと言っていいでしょう。
ここでは「携行性」「スピード」「操作性」「安定性・乗り心地」「荷物収納性」「その他注意事項」という6つの項目に分けて述べてみたいと思います。
●「携行性」
フォールディングカヤックは専用のザックに収納し、家の中にも置け、かつどこにでも持ち運びできるのが何よりの利点ですが、さすがにエルズミア530は530㎝あるので、きっちりパッキングしてもデカイです。船体布とポール以外にも、ラダー、シーソック、スプレースカート、パドル(4分割)などなど意外と色んなものが専用ザックに入りますが、調子に乗ってホイホイ入れていくとあっという間に30キロくらいになります(艇だけなら20キロ)。それでも十分ヤマト便で送れるサイズ内に収まるので、担いで運ぶ労さえ厭わなければ問題ないでしょう。
ちなみにぼくは、20キロくらいの別の装備品のザックと合わせて2個のザックを送りましたが、甑島までで片道6000円弱でした。
国内のカヤックトリップの場合、ぼくはいつも海辺の宿を調べて予約し、そこに事前に送って預かっておいてもらい、手ぶらで行き、現地で受け取るようにしています。初日と最終日に泊まらせてもらうことが多いです。そうすると、カヤックのザックとか、いらないものはカヤックトリップ中、宿で預かっておいてもらうことも可能となります。スタート地点に戻らない、つまり行きっぱなしの旅の場合もありますが、そんな時もこの大きな530ならば、ザックをカヤック内に収納しつつ旅することが可能です。ちなみにエルズミア480という、これより小さめのサイズのモデルもあるのですが、それはカヤック内にザックが入りません(他のキャンプ用品を入れないならば入りますが)。それもぼくが480ではなく530を選ぶ理由のひとつです。
ただ、陸上運搬という意味では、とにかくデカくて重くなるので、旅するには体力が要るでしょうね。飛行機でも十分に受託荷物として預けられるサイズですが、重量オーバーにはお気を付けて。あらかじめ重さを計ったうえで、チケットを購入するときの重量制限や追加料金などを調べておく必要があります。なお、車で運ぶならば何の問題もないかと思います。
●「スピード」
ベタ凪ならばFRPやポリなどのリジット艇と比べてもそれほど遜色なく進みますが、波が出ると途端に遅くなります。そこはさすがにフォールディングカヤックなので仕方がないところで、フェザークラフト艇を除いて現行の入手しやすいフォールディング艇(フジタカヌー、アルフェック、バタフライカヤックス等)の中では、それでも一番速いかと思います。
特にチョッピーな向かい風・向かい波でスピードが落ちます。7~8m/sの風が出てウサギが飛び始めると、あるいは断崖絶壁の際で返し波が沖からくる波と複合する状況(クラポチスという)になると、途端に遅くなります。
普段ぼくはポリやFRP艇に乗っていてカヤックトリップの時にフォールディング艇に乗るのですが、結局「フォールディングはこんなもの」と思って臨むしかないと考えています。多少風波のあるコンディションで、リジット艇ならば50キロ漕げるところが、この艇ならば35キロ~40キロくらいかなという、ひとつの目安を持っています。それが、他のフォールディングならば30キロになったり、20キロになったり、15キロになったり、あるいは不可能だったりします。
というわけで、「フォールディングとしてはベストチョイスだけど、無理すんなよ」という意識を念頭に置けば、十分遠征にも使える艇といえるでしょう。なお、エルズミア480はスピード性能も若干劣ります。
●「操作性」
直進性はもちろん、長さのわりに取り回しもよく、バランスが取れた艇です。ただ、フル荷重だとさすがに重くなり、その分この長さがネックになり回転性が悪くなりますので、その場合はラダーを装着する方がいいですね。ちなみに専用のラダーは使いやすく、足元での操作性もよく、かなり快適なツーリングに繋がります。ただちょっと値段が高いのと、現地まで運ぶときに重くなるという嫌いがありますね。でもぼくは「海上」を第一に考えますので、持っていくようにします。一方、デイトリップとかのんびり1泊くらいのキャンプツーリングをメインに考えるならば、なくてもいいかと思います。それだけ、フォワード、バック、スウィープいずれのパドリング時にも癖のない動きをしてくれます。
また、上の「スピード性」のところで「波が出たら途端にスピードが落ちる」と書きましたが、向かい波、追い波いずれでもあまりピッチング(縦の揺れ)せず、いわゆるバウが海面をバンバンたたくということはないので、漕ぎにくくなることはなかったですね。あえていうと、潮流と複合した背後からの三角波のときに嫌なカヤックの立ち方をしましたが、多分これは艇の長さに関係するものだと思います。
●「安定性、乗り心地」
この艇の良さは、なんといってもこの項目にあると思いますね。両サイドにエアスポンソンが付いていることもありますが、どっしりしていて初心者にも安心感があります。また、いくらベテランといっても、荷物をたくさん積んでフラフラする艇で外洋を一日8時間とか漕ぐのは拷問的なところがありますので、すべての旅カヤッカーにとって快適だと言えるでしょう。逆に安定しているといっても鈍重になるわけでもなく、最低限のシャープさは保たれています。波の中でもかなり安定しています。なので、波の中で遅くなると書きましたが「しっかり漕ぎ続け前進しさえすれば何とかなるだろう」という心の余裕を持ってパドリングできます。その点、エルズミア480はちょっとフラフラする感があります。ここの部分で、480と530は別艇だと考えていいと思います。
ただ、リーンをかけたとき、2次安定もありますが、エッジが効きにくく、あるポイントまで傾けると急に沈する可能性はあるのかなと感じました(フル荷重の旅の途上で、実際そこまでは試していない)。
あと、でかいわりに結構艇との一体感があるのですが、ぼくはそれが好きです。波を受け止めて「うっちゃる」ような感覚があるので、たとえスピードが落ちても「気持ちよさ」があるんですね。
漕いでる時の気持ちよさって、案外盲点だけど非常に大事な点で、それがないと長時間漕ぐのはしんどいですからね。
あと、少し気になるのは、シートのクッション性が皆無なので、お尻と腰が、人によっては痛くなるかもしれない点です。そこのところは何かパッドやクッションを入れるとか、自分のアレンジ次第でカバーできるかと思います。
●「荷物収納性」
これもこの艇は、でかいだけあって、いいですね。バウからスターンの端までなんでも、入れようと思えば入れることができます。ただ、バウ側はハッチ口径が小さく、工夫が必要。あらかじめ足元の奥の奥に物を入れておいて、そのあとハッチから腕を突っ込んで、その物をさらにバウの先端の方に移動させる必要があります。と言っても言葉では分かりずらいかもしれませんが、これはやってるとわかります。
ちなみにぼくは、旅のスタートとゴールが異なる場合、収納ザックもカヤックに収めて持っていくのですが、この艇ならば入ります。これより小さい艇だと入りきらないので、ゴール後にザックだけ取りに行くとか、先にどこかに送っておくとかする必要がでてきます。あるいは強引にスターン側のデッキの上にくくるつけて漕ぐとか。
そういうわけで、小さい方が携行性がいいのではないかと思われがちなのですが、逆にでかいがゆえの有利点もあるのですね。
なお、沈した時のために、シーソックは必需品です。たとえ沈しなくてもシーソックがないと、コクピッドから侵入してきた海水が艇の全体に行き渡りますので、下手すれば寝袋とか食料とかが海水まみれになって、悲惨なことになる可能性があります。
●「その他注意事項」
スペアパドルとかデッキコンパスとかマップケースなど、案外忘れがちなものを必ず持っていくことはもちろん、あとぼくが持っていくものとしてカヤックカートがありますね。一番上の写真を見てもらいますと、ちょうどカートに乗せているのがわかるかと思います。フル荷重のカヤックは海上ではいいけれど、陸上に上がると重すぎてどうしようもないシロモノと化します。どんな屈強な人でもそのままでは運べません。だからカートを持っていきます。これは、使用しないときはタイヤと軸体とを分解でき、しかもカヤック内に収納できるので便利です(そういう意味でもこの艇のサイズ感がいいのです)。
なお、組み立てに関してですが、慣れれば簡単だけど、たまにモノによっては微妙に、船体布とポールの被せ具合がうまくいかず、最後のテンション掛けとファスナーを閉めるところで、難儀することがあります(多分数ミリの誤差なのだろうけど)。船体が長い分、そこのところを注意して、どうしてもうまく入らない場合は不良・落丁品の可能性があります。
あと、長年使うと、スターンデッキのマジックテープとか、バウのインナーハッチ内の防水カバーとか(やや紫外線に弱い素材を使っている)の劣化が気になるところですが、それは10年~20年後のレベルでしょう。またあえて言うと、専用ザックが「背負う」のと「肩にかける」のとのリバーシブルになっていますが、これが1~2キロほど重くさせる要因になっているようで、どっちか片方のみでもいいと思います(ザックはフジタカヌーのようなシンプルなタイプがいい)
アルミフレームなどはパーツ入手可能です。
船体布の強度はかなりありますし、防水性も高いですが、くれぐれも引きずったりすることはタブーです。だからこそ上記のカート持参をお勧めしています。
以上、いろいろと思ったことを書いてみましたが、総合的にお勧め艇ということができるでしょう。点数をつけてくれと言われることがありますが、あえて点数をつけると85点といったところでしょうか。「現行で入手しやすい本格フォールディング・シーカヤック、何かないですか?」と聞かれれば、まずはこれをお勧めしますね。※小柄な人や非力な方にはサイズ的に厳しい部分があるかもしれませんが。
なお、当店アイランドストリームでももちろんこの艇の取り扱いございます。当店でご購入いただければ組み立て方やメンテナンスなどのご指南もさせていただきますので、どうぞご参考になさってください。