恐懼に堪えない日々

【恐懼】(きょうく)・・・ おそれかしこまること。日々の生活は恐懼に堪えないことばかりですよね。

想定外の出来事

2005年04月04日 | 恐懼とか
日々の生活というのは常に次に何があるかということを想定し、
それに備えた身の振り方を考えて行動していることが多いはずです。
そんな時にある種、自分の想定を超えた事態に直面すると、
人は非常に狼狽し、冷静な判断力を失ってしまうことになります。
例えば車を運転する時には常に危険を予測しての運転が求められるわけですが、
いざ交通事故にでも遭遇しようものなら平常心ではいられません。
それは心の中では何か危険があるのではないかという予測・想定をしてはいますが、
「まさか自分が」という気持ちの方に大半が占められているからではないでしょうか。
日ごろからネガティブなものの見方をしているような方はわかりませんが、
それでもいつも最悪の展開を読んで行動している人は少ないと思います。

何が言いたいのか。つまり今日の私はそんな想定外の事態に直面したわけです。
その場にいるわけのない人間がそこにいるという、ただそれだけですが、
場所が場所なだけにほんの小さな想定外の出来事でも私の心情は大きく変化します。
例えば集合時間に遅れてくるとか、場の空気がなかなか盛り上がらない、
というようなことは経験しているのである程度の想定はしていても、
そもそもの存在自体をひっくり返しかねないような事態に直面すると、
はっきり言ってやる気もなくなるし、盛り上げようにも盛り上げられないわけです。
むしろその時間が早く過ぎ去っていくことのみを切に願い、
できることならこの日の記憶すら亡くしてしまってもいいと思うぐらい、
言葉では形容しがたい精神的な疲労を感じてしまいました。

あくまで私事の問題ではあるので、その場に同席した方々には申し訳なく思いますが、
とにかく想定外の出来事に直面した私にそれをフォローする余裕はありませんでした。
こういったところを世間一般では「精神面の弱さ」と形容するのかもしれませんが、
私一人がそれを背負い込むのはあまりにも荷が重過ぎました。
精神的な強さは日ごろから鍛錬したいとは思うところですが、
それぞれの人にはやはりそれぞれのバックグラウンドがあるわけで、
その境界を越えてまでの強さというのは私の求める所ではありません。
人には限界というものがあるわけで、それを無理に超えようというのは
私には到底手の出せる範疇ではないというように感じます。
どこが限界かなんて自分には分からないといわれようとも、無理なものは無理なんです。

そんなわけで合コンはそろそろ引退しようと思います。
恐懼ニ堪ヘズ。
コメント
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