恐懼に堪えない日々

【恐懼】(きょうく)・・・ おそれかしこまること。日々の生活は恐懼に堪えないことばかりですよね。

閉鎖区間の緊張

2005年04月24日 | 日記とか
バイトが終わって疲れた体のまま電車に乗り込みます。
日曜日の夜ということもあって平日の混雑に比べればどうってことないのですが、
どうせなら座って帰りたいというのは人の願いというもの。
車内広告で見かけたこんな本も本気で買ってしまおうかと思うぐらいに。
この日も隣の人との間隔は狭いものの、なんとか新宿から座ることが出来たので、
優雅に読書をしつつ、降りる駅まで約30分間の帰路へとつきました。

んで、電車が発車してから10分ぐらいして隣に座った男性が、
いきなり宙に向かって座ったままの姿勢でキックを始めたのです。
おいおい、そんなに俺のヘッドホンが音漏れしてるか?そんなに怒らんでも…。
これといって大音量で音楽を聴いていたわけでもないのですが、
やはり周りには音漏れしてるのかなぁ、などど恐懼に堪えざる思いだったのですが、
隣の男性はそれに怒って宙を蹴りつづけていたわけではありませんでした。
ふと男性の前方を注視してみると、蚊をちょっと大きくしたような虫が、
しきりに右往左往して飛んでいるのがわかりました。
なるほど、隣の男性はこれを振り払おうと必死だったわけなんですね。
電車というある意味で閉鎖された空間の中で、こんなどうでもいい虫でも、
確かに自分のほうへ飛び掛ってくると厄介ですからね。
特に女性の方などは虫なんかには免疫がないと推察され、ここでも虫が近づくと、
うろたえにうろたえて、虫を振り切っておりました。いとあはれ。

じゃあなんだ、この際この厄介な虫を退治してやろうじゃないかと意気込み、
近くに寄ってきたら足で踏み潰してやろうと思ってたのですが、
いざ自分の足元まで虫がやってきた時にふと失敗した時のことを考えてしまいます。
もし足で思いっきり踏み潰すことに失敗すれば、車内乗客の私を見る目は、
単なる「地団駄を踏む男」ということになってしまうのではないかという恐怖。
さすがにいろんな人に向かって蚊もどきが飛んでいっているわけですが、
みんながみんなこれに気がついているわけじゃないだろうし、
私が思いっきり足でダンッと踏み潰せば周囲から奇異の目で見られてしまう。
第二の電車男になれるんじゃないかという淡い欲望も去ることながら、
それに失敗してしまえばただの変な人としか認識されなくなってしまう恐怖が先行し、
結局はなにも行動を起こせないまま、虫はその命を永らえることになりました。

結局このあともこの蚊もどきはあわただしく色々な人の元へ飛び、
標的になった人々は自分の所だけにはくるな、というような体で、
ひたすらに虫を追い払ってはいるのですが、電車内というのは閉鎖区間なだけに、
虫の逃げ場はなく、結局はどうにもならないわけです。
こうしてみると、一歩外に出れば周囲の人はみんな敵なのかも。
自分さえよければいいというような利己的な考えが罷り通っていますな。
まぁ私もそんな所で勇気が出せずにどうにも出来なかったわけですが。
例外を一つ挙げるとすれば出先の飲食店で地震があった時ぐらいですかね。
なんか知らないけど外出先で地震が起こると客同士で変な連帯感が生まれますよね。
「結構揺れましたよねぇ」みたいな感じで、見ず知らずの人が相手であっても、
変な一体感のようなものが芽生えてしまうのは不思議といえば不思議。
こんな美しき連帯感を持っていつ何時も対処していきたいものです。

恐懼謹言。
コメント
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