「やぁ、戻って来たんだって。」
副長のチルは悪戯っぽそうにシルバーブルーの瞳をキラキラさせると、にこにことした顔でミルに声を掛けました。掛けられた方のミルにすると、副長と船内の通路でばったりの出会い頭だった事から、意表を突かれた形で一瞬驚きました。が、ここに自分がいるのが如何にも意外だという副長の表情や声の調子に、ミルは心外だと感じるとムッとした顔色を隠す事が出来ませんでした。
『何だか含みのある言い方だな。』
そう感じ取ったのでした。そんな不満そうな部下のミルの顔色を見ながら、チルは早口で言葉を続けました。
「てっきり向こうにいる好きな女性と結婚してしまったと思ったよ。艦隊も辞めて戻って来ないと思っていたよ。」
ふふんといった感じの彼の言い回しに、
「そんな事ありません。」
と、ミルは抗議するような気持ちを込めてきっぱりと否定するのでした。しかし彼は内心、チルの洞察力の深さ、その判断力の正確さに心底驚いていました。直線的な思考の持ち主の彼には度肝を抜かれてしまった感じでした。
「分かりましたか?」
と不思議そうに聞くミルに、
「分かるよ。」
したり顔でチルは答えました。
お前の様子を見ていれば簡単に想像がつくよ。誰にだってね。お前が任務の、地球人の女性に対してきちんと向き合えなかったのは、心に誰か気になる女性が1人いたからだろう。その人の事からお前の気持ちが離れられなかったからなんだろう。
「例えそれがシュミレーションでもね!」
チルはどうだいという様に、彼の心の奥底を見透かしたようにこう語り掛けました。
「その様子では振られたようだな。」
それはまぁお気の毒に、こう言ってチルはやや床に視線を落とすと、長いまつ毛の瞳を伏せ、ミルの視線を外して曖昧に微笑みました。
「まぁ、この船や宇宙にだって、女性はごまんといる訳だから、その内いい人が見つかるよ。」
当面は特殊任務に集中して、その事に力を注ぐんだね。吹っ切れて丁度良かったじゃないか。
そう言って慰めるようにミルの肩をポン!と叩くと、副長のチルは「失礼、用があるから。」とそそくさと休憩ラウンジに向かって去って行ってしまいました。
はぁ―っとミルは溜息を吐きました。『誰にでも分かる。』か、そんなに自分は任務に対して不甲斐無い態度だっただろうか。チルの言葉を噛みしめながら、ミルは気持ちを新たに船内の持ち場へと向かったのでした。
『故郷の星で得た知識を基に、きっと特殊任務をこなして見せる。』
ミルは旧友達のロマンスの話を基に、新しい自分の未来を切り開こうとしていました。あれこれとこれからの任務の企画案を練って未来を展望してみるのでした。通路を急ぐ彼の歩調は速さを増して行くのでした。