墓所の入り口に着くと、史君は左方向を私に顎で指し示す。
「この前、皆であっちから出たんだ。」
私が彼に示された方向を見ると、墓石の向こうに隙間が空いたブロック塀がある。その寺のブロック囲いと、寺に隣接した家の壁との間に10cm程の隙間が有るのだ。思わずあんな狭い所から出られるのかな?と思っしまう。そこでよく見ようと思い、私がブロックの側へ行こうとすると、今駄目だよと史君は私を押し止めた。未だ住職さんがこちらを見ているというのだ。「あの出口を住職に知られると困るだろう。」そう史君は言うと本堂の裏手へと私を誘った。
「知ちゃん後から来なかっただろう、この前。」
俺向こうで待ってたけど来ないから、知ちゃんこの道知らないなと思ってさ。と、史君は新しい寺からの脱出経路を1つ私に教えてくれた。そうか、それで皆本堂の角を曲がると直ぐにいなくなったのだ。この抜け道を知らなかった私だけが、元々有る道を辿って住職さんの前を通ったのだ。私は納得した。
「この前あの住職に叱られたのか?」
史ちゃんは私が住職さんに怒られたのだとばかり考えているらしかった。
「いいか、この角迄来て本堂の横にあの住職が見えたらな、用心して見つからないようにして、さっきのブロックの道へ回るんだよ。」
こう史君は私に注意してくれた。しかし、何故住職さんの姿を見ると避けて逃げなければいけないのか?この時の私には分からなかった。
「こんにちは、って言って、お話すればいいんじゃないの?。」
と訊くと、話、どんな?と、史君はこれは意外だという顔をして驚いた。
「誰もあんな住職と話なんかしないよ。」
こう言う史君の言葉に、私は一体全体皆如何なっているのだ、と、驚くというより奇妙にも不思議にも思った。
「良いお話が聞けるでしょ、お話を聞いて立派な人に成れるのに。」
皆如何して住職さんと話をしないのかなと、私は疑問に思って彼に尋ねたのだが、史君はやはり解せないなぁというような顔をした。続けてお坊さんは世の中で一番偉くて立派だという父の言葉を言うと、彼は段々私から顔を背け、体も全く私からは横向きにしてしまい、少し私から離れて立った。
私は父の言っていた話だと断ってから、お寺さんのありがたさ、そのお話は将来の立派な為人としての糧になるという事を懇切丁寧に切々と彼に訴えた。すると、史君の方は私の真剣さに打たれたのか伏し目がちになると、力なく云まぁね、等、考えてみるよと口にした。私は自分の主張が理解してもらえたと感じ、嬉しくなり、誇らしくにっこりと笑った。しかしこの時の彼にすると、私の話をくどいと感じていて、いい加減に切り上げたくなっただけなのかもしれない。
その後その場で2人は適当な時間を潰すと、ほとぼりが冷めた頃にさっきのブロック塀の脱出口に連れだってやって来た。そして、史君は私の目の前でブロックの乗り越え方を実演すると、私は見様見真似、彼の後に続いてこの出入り口から境内の外へと脱出した。
ブロックの外は結構高低の有る高さになっていた。私が上から見下ろすと、ブロックの下は自分の足元から続く石造りの壁で行き止まり、細く湿った路地の突き当りになっていた。乗り越えたブロックと壁を合わせると、大人の背丈でも優に超える高さになる。ここから降りると聞いて、こんな高い所からと不可能に思った私だが、石壁には子供が足を掛ける窪みがちゃんと存在し、私達は下の行き止まりの道に無事足を下ろす事が出来た。着地した私達はその道を一目散に大通りへと向かい、家並みが続く表道路へと私達は出て来た。
「じゃあもう帰ろう。」
史君の言うままに、その日はその儘で各々別れると、外遊びの時間からはかなり早めに私は帰宅した。