Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 18

2019-07-18 11:15:57 | 日記

 「うまい事言うねぇ、知ちゃんはお利口さんだね。」

何時もならこう言ってくれる祖母が、急にしんとしたような気配である。その静けさに、私は祖母の顔を見上げじいっとその顔を窺うと、何やら何時に無く彼女の目は細い。更によくよく見るとその蟀谷には青筋が走っているようだ。その内顔色も青ざめて来た。

「お祖母ちゃん具合が悪いの?。」

私の質問には答えず、ふいっと祖母は私から顔を背けて次の間へと向かうと、

「四郎、四郎はいないのか。」

と父の名を呼んで息子の姿を探し始めた。父は家中にいるはずなのだが、何故か返事が無い。私は首を傾げた。

 祖母は彼女の息子の名を呼びながら各部屋のあちらこちらと覗き込み、遂にその姿を探して仏間へと向かった。すると、障子の陰を覗き込んだ祖母がやっぱりと言った。お前そこにいたんだね。と言うと、祖母は足早に仏間へと姿を消した。

 すると、「まぁ、見つかったならしょうがないがな。」「お前、何で隠れるんだい。」と父と祖母のやり合う声が少々聞こえて来た。その声で私は父が仏間にいる事を確信した。

 父は聞こえていたんだと言う。だからこうなると思って、ここにそのままいたのだ。と、ぼそぼそ内緒話の様に祖母に言っているらしかった。祖母は次に甲高く、

「お前さん、お前さん、何処にいるの、ちょっとこっちに来ておくれ。」

と、祖父を呼んだ。祖父は玄関先から私の目の前に現れた。彼は何事かという風にちらりと私の顔色を見て、「如何したんだい?。」と尋ねたが、祖母が早くこっちへと急ぎ呼ぶものだから、私の返事も聞かずにやはり足早に仏間へと姿を消した。

 私は仏間の様子に聞き耳を立てていたが、その時の大人の話は殆ど理解できなかった。

「どう思います、お父さん。」

祖母の聞く声が大きく聞こえた。この「お父さん」は祖父の事だなと私は思った。そして、祖母は何かに腹を立てているのだという事が分かった。

「まぁ、ご時世が違うんだろう。」

祖父の声は穏やかだ。そして普段よりは力の無い声だと感じた。その後はまぁお父さん、と祖母の何やら不満気な声が続き、

「私は子供達に、お姑さんにこんな事は言わせませんでしたよ。」

と、何やら改まった声になり、祖母の声が醸し出す雰囲気は何やら手厳しい物に変わった。

 叩きなさい。子供は叩かないと駄目になって仕舞うよ。等々、聞こえて来る祖母の懸命な声に、『何処の子供の話なのだろう?、気の毒に。』と、何時も家族にちやほやと甘やかされていた私は、自も明らかにそうだと感じていたので、この家に生まれた自身の身の幸福を感じていた。

 何しろ、この頃の私と来たら、何をしても、どんな馬鹿気た事を言っても、「まぁ、知ちゃんたら、…。」と家の大人が皆にこやかに愛想笑いしてくれる事を知っていた。しかし、家が昔からそうだった訳では無く、如何いう訳かある日を境に家の大人が私への対応を緩和したのだ。それ迄は礼儀作法、箸の上げ下げに至るまで可なり厳しかった。大人の態度が緩んでから、ある日私はこの何をしても叱られないという事態に気付いた。そこで時には態と悪戯し、惚けた事を言って見せたりしてみた。が、本当に家の大人は誰一人私を叱らないのだ。出来ないのだと馬鹿にしたりもしない。それで私は益々自分は甘やかされ可愛がられている子なのだという確信を深めた。

 「だがなぁ…。」

父の声である。今時スパルタ教育など古いという話だ、そんな事を言っている。皆がそうなのに、あの子だけ時代遅れに育つのもなぁという意見のようだ。

「スパルタの何処がいけない、あの子は立派に育ちましたよ。」

あの子を見てごらん。そう祖母は言って、ここで父と祖母の話の間に祖父が割って入った。

「その子だがなぁ、一郎の事だろう。」

祖父はそう確認すると、祖母はそうだと言い。父はそう思って聞いていたと言う。

「あの子はああ育ちたくなかったそうだ。」

と、ここで祖母の「えっ!」と驚く声が上がった。一郎が?あの子が?、と信じられないという感じの声だ。