いくら睨まれてみても、私の方では致し方無い。何しろ自分が見聞した事を有りの儘に伝えただけの事だ。こう訳の分らない事ばかりが続き、やたらと大人から睨まれては、子供の身でも腹が立つという物だ。私は仏頂面をして反対に母を睨んだ。
「何だい。」
母は私のしかめっ面にぷんとして、負けじとばかりに言葉を続けた。
「嘘をついて、そんな顔をして、何て嫌な子なんだ。」
そう言うと、この前だって近所の子と揉めたっていう話じゃないか、と、父から聞いたという話を始めた。その話では、以前私も父から叱られた事が有ったが、それは言葉の意味合いの違いから来た誤解だった事を既に私は知っていた。それで尚更に眉間に皺を寄せた。私は事実を把握していない母に相当な嫌悪感を持った。
「その話なら、」
私は母に言った。お父さんともう話し合って解決済みだという事や、それぞれの言葉の取違いによる誤解だという事が、父との間では理解され了解済みになっている事を。
「お父さんから聞いてないの?。」
母が怪訝な顔をして、視線を宙に浮かせて物思いに耽るというその素振りに、もしかしたら母は、父から私の事について何も聞いていないのではないか。一瞬、私はそう感じて母に問い掛けた。
「お父さんはお母さんに、私の本当の話は何も話してないの?」
唯私が誤解されていた時の儘に、私があの子にそんな悪い事をした嫌な子だという事になっているのか、と、私は真剣に母に問い掛けた。それなら何故、父は母の手前私を悪い子の儘にして置くのだろうか?私にはそんな疑問が浮かんでいた。
「お父さんは、私を悪いこの儘にしているの?」
何だか…。私は父に対して持っていた信頼感が薄らいで行くのを感じた。
『何だか、世の中の事は何が如何でも、何でも如何でもよい事なのかもしれない。』私は急に心の中の世界が色褪せて、虚無的な清涼感が広がるのを感じた。がっくりと首を垂れた私はしょんぼりと佇んでいた。無言だった。
母が言っていた通り、物事何でも如何でもよい事なのかもしれない。「何でもきちんと真理を求めて、正しくコツコツと人は生きて行かなければならない。」。私を諭して、そんな事を言っていた父が真実を露わにしていないのだから、この世の中、確りと指針に出来る物など無いのだ。そんな事をこの時の私は感じていた。