数日して、私は史君と共に2人だけで寺に遊びに出た。
あの日家に帰った私は、住職さんとの話の遣り取りを父に話した。すると、如何いう訳か父は暫く寺には行かない方が良いなと言う。「問題の犯人が分かるまでは、『瓜田に靴を入れず』だ。」、と父は言った。この例えも私には全く分からなかったが、父はもう一つこの手の諺があるが、そっちはもっと私に分らないと言うと。ふんと開いた新聞に顔を沈めた。ふむふむと新聞を読みだした父に、私はそれ以上何も問う事が出来なかった。父の傍で今までの出来事や父の話を振り返り、1人物思いに耽った私はひょっと湧きたつ疑問に気付いた。そこで思わず、
「私は悪い事をした人と間違われているのか?。」
と、父に質問した。
父はそれには答えず、お前悪い事をしたのかと私に訊いて来る。もちろん胸に覚えの無い私は何もしていないと答えた。父は、よしと言うと、
「じゃあ物事白黒はっきりする迄は、またはその目途が付く頃迄は、もう寺には行くな。」
とだけ言った。それで数日私は寺の門を潜らなかった。勿論、習い覚えたばかりの別の入場門からも侵入しなかった。寺の石垣の上、植木に丸く開いた穴の入り口の事だ。後に知ったがそれは入り口だけでなく、逃げ口の役割も有るそうだ。要するに、あの日遊んだ仲間は悪と名のつく学童連だったのだ。外遊びに出たばかりの私に知ろう由もない。
史君と私は、境内に入ると真っすぐに墓地を目指した。本堂左方向の道に向かうと、果たして、本堂の横のその場所にはこの前私が来た時の様に住職さんが待ち構えていた。腰と背を石の基礎と白い漆喰に持たせ掛けて、やや俯いていたが、山門の方向から遣って来た私達に「今日はこっちから来たのか。」と呟くように言った。
「こんにちは。」
私がにっこりして彼に声を掛けると、一瞬、私の前を歩いていた史君の両肩が驚いたようにせり上がった。彼は私の方へ顔だけ振り向けると、しぃ、と言うと、「知らん顔して通り過ぎるんだ。」と言う。
ええっ?と、私は彼の不審な言葉を理解出来なくて眉根に皺が寄った。何故?
「如何して?」
思わず史君に聞いてみるが、史君は答えず横目で住職さんの様子を伺いながら墓地への歩みを続ける。あれぇ、私は住職さんを見上げて、史君に遅れながら2人住職さんの前に差し掛かった。
「君、待ちなさい。」
住職さんは史君に向けて、彼の足を止める言葉を掛けた。そして、私に史君の名前を尋ねた。私が彼の名を言うと、何処の子かと訊く、訊かれた私は正直に誰それで何処の子だと答えた。
「あなたは、知ちゃんだったね。」
と住職さんは私の名を知っていた。向こう通りの越路屋さんの子だね。跡取りさんだったね。等とも声を掛けられて私はうんと頷いた。父がよくこの寺の話をするだけに、お寺さんの方でも父や私の家の事は周知なのだなと、この時、敢えて住職さんに聞かなくても私には合点出来た。
「あなたは入門を許されてこの寺に来ているが、この子は勝手に寺に入って来ているんだ。」
そんな事を私は初めて聞いた。史君からもこの話は聞いた事が無かった。
住職さんの思いも掛けない話に暫し呆気にとられる私だった。
「こんな者と、こんな者達と遊ぶんじゃない。」
遊ばない方が良いぞ。と、控えめな口調で住職さんは私に言った。その後、2人は仲が良いのかとか、これから何処で遊ぶのだ等聞かれた。もちろん私はそうだ、墓所で遊ぶのだと答えたが、史君は住職さんから横を向き、彼の問いかけを無視していた。そればかりか、答えなくていいぞとか、こんな奴等、言う。この時の史君は何時も私が遊び慣れた史君とは違い、私が知らなかったぶっきら棒な彼の一面を私に見せていた。
「行こう。」
史君は私の手を掴むと、ふんとばかりに住職さんの傍から墓所に向かって歩み出した。私は驚いたが、住職さんの方は顔を曇らせるだけで特に否という言葉が無かった。私は何思う所無く、史君に手を引かれるままに住職さんの前から遠ざかって行った。