「間の子だそうだよ。」
翌日であったか、父は祖母にそんな話を始めた。私はそんな2人の話を、耳新しく聞いていた。
「父親の方は未だこちらだそうだ。」
子供は母親方が赤ん坊の時に勝手に洗礼を受けさせてしまったそうだ。洗礼って?。祖母は父にその説明を受けていたが、へぇぇと、話を聞いていた。祖母は私同様、目新しい異文化の風習に興味を持ったようだった。
「それで、これからどうなるんだね?。」
祖母は父に聞く。如何とも、と父は答えて、母子でこちらに来るのか、父親の方があちらに行くのか、本人もまだ分からないそうだ、と言った。
母親は如何でも、訳が分からない内にそんな事になったお子さんの方は?と祖母が聞くと、本人が望めばこちらに来るんだろう。父は言ったが、祖母はそう簡単に行くのかねぇと思案顔になった。
「昔、向こうへ行ったらそれっきりと聞いた事がある。」
祖母は顔を曇らせて、声を落とすと自分の今まで見聞した事を父に話していた。
「それで、母親方は何時から向こうに。」
祖母が再び普通の声に戻り、そう父に聞くと、父はおうそれそれと如何にも恐れ入ったという感じでこう言った。
「かなり昔、明治どころか江戸期からだそうだ。本当に相当昔からで、隠れ何とかというものに近いそうだよ。」
それでは、今はこちらでも、あの父親ももう向こうに取られた様な物だろう。この子も最初の友達がこんな事になって、不憫な事になるねぇ。2人はしんみりとして物静かになると、それ以上の会話を私に聞かれないよう声を落として話し込んでいた。
翌日、朝から父は私に声を掛けた。
「史君の事だがなぁ。家では遊ぶ事にした。」
あの子は間の子だそうだ。事情を聞くと可哀そうだ、寺とも相談したが、あれではどちらの子供も遊ばないだろう。1人では可哀そうだ。だから、家の方では遊ぶことにして置いた。お前も今まで通り遊んでいいぞ。寺でもいいと言っていたから、2人で寺に行って遊んでいいぞ。
父の妙に改まったこの言葉に、朝からまた何を父は言い出すのか、と私は不思議な感じを覚えた。が、今迄も何時も遊んで来た史君である、何で今更また今日になり、遊んでよいと父が許可してくれたのか理由が分からなかった。でも、と、何時も突然大人が不可解な事を言いだすのには慣れて来た年代の私と言えた。
「今までと同じで、仲よく遊べばいいんだね。」
捨て台詞の様にそう父に言い捨てると、何か言われない内にと私は急いで玄関に向かった。履物を履くのももどかしくバタバタとかかとを玄関にすりすり、何時しか履物をきちんと履くと往来へと飛び出していた。