「お前何だか。」
祖母はそんな息子に声を掛けた。彼女は不思議そうな顔付をしていた。
結婚してから急に勘が良くなったんじゃないかい。昔は頓狂な子だったけどね…。そんな事を言うと、祖母は伯父の顔色をじいっと窺っている様子だ。そんな母に、息子の伯父は正直言うとねと、こう答えた。
兄さん達みたいに切れる事を言うと、母さん僕にも期待しただろう。兄さん達みたいにね。学問や何やかやでね、母さんにこってり絞られるのは、僕、御免だったんだ。静かで落ち着いた声だった。
「御免だよ。」
謝罪とも取れる息子の最後の言葉に、目の前の母は寂しそうに瞼を閉じた。
沈んだ感じになった私の祖母は、その後無言で心持ち顔を項垂らせた。彼女は過去を反省していたのだろうか。彼女は再び息子の顔を見上げる事も無く、お前もうお帰りという言葉のみを口にした。
私は座敷の先へと進み、自分が推理した通りにそこで私の母の姿を認めた。
「お母さん、やっぱりここにいたんだ。」
私は自分の考えが当たっていた事で、今迄のむしゃくしゃした気分から明るい気分になり、朗らかに笑顔で母に声を掛けた。
母は床に屈みこんで例の如く床磨きの真っ最中だった。しかし、先程の半ば適当でいて散漫と周囲に気を配っていた様子とは違い、彼女は明らかに心此処に非ずという様な状態だった。私の声掛けに全く反応が無かった。私は母がぼんやりと考え事をしているのだろうと思った。しかし彼女はそんな放心状態の体でありながら、緊迫したようなピンとした硬い気配を身に纏っていた。
母に近付いた私が更によく彼女の様子を見てみると、彼女は手を動かしてはいたが、その目は動く手元では無く床までの宙の一点を見詰めていた。そうして彼女は何かを一心に考え込んでいるのだ。母は縁側で1人自分の考えに集中していたのだ。