申し訳ないねぇ。祖母は言った。
「もうお前の言う事ばかり聞いている訳にも行かなくなってしまってね。」
彼女はそう言うと、
「さっきお前に言った事、あれね、ねえさんの事は間違いじゃないからね。」
と、さらさらっと言うと、祖母は再度彼女に驚かされた私の、如何にも呆気に取られたポカンとした顔を見詰め直して、ふふんと声に出して笑うと、心得たと言わんばかりのニヒルな笑いをその顔と口に浮かべた。
「顔に出るんだよ。人間、顔色という物を読まないとね。」
祖母は言った。大人は如何でも、子供は分かり易いものでね。そう私に言うと、彼女はせいのと元気よく立ち上がった。そんな彼女は活気が有り、年齢を感じさせ無い勢いがあった。祖母は私の傍から離れ、母の元へと近付いて行った。
「済まないねぇ、ねえさん。」
そう祖母は母への詫びの言葉を口にした。てっきりお前さんが子供に手を上げたと思ってねと、繰り返し謝罪している様子の祖母だった。
対して母は、いえいえと、笑顔で愛想よく祖母に答えを返している様子だ。嫁姑、祖母のどんな言葉に母が如何答えていたものか、2人の遣り取りは全く私の耳元迄届いて来なかった。私と2人の間にそれなりの距離が開いていたからだった。
1人になった私は何時しか立ち上がり、縁先で孤独を噛みしめていた。私は何時もと違う祖母の雰囲気に出会い、ぼんやりと彼女達の様子を眺めていた。と、祖母の背が一瞬びくっと驚愕した。何だろう?と、私は思ったが、彼女達から離れた場所にいた私には、それ以上2人の遣り取りを想像する事が出来なかった。
その内、再び祖母はその顔に沈んだ様な緊張した様な面持ちを浮かべると、廊下の入り口近くで立ち竦んだ儘自分達を見詰めている、孫の私の傍へと近付いて来た。
「智ちゃん、眠いんだってね。」
祖母は私に尋ねる様に言った。
「2階に行って眠るといいよ。」
祖母はまるで私に許可でもする様な感じでこう言った。
眠い?母もそんな事を言っていたがと、私は大人達が皆私の眠気の事を口にするのを怪訝に思ったが、続けて祖母が言った「これ以上ここにいるとお前嫌な物を見る事になるよ。」という言葉に、不穏な物を感じ取るとハッとした。
私は祖母に言われる儘に、空かさず廊下へと飛び出ると、すたすたと廊下を急ぎ、居間から階段のある部屋、階段へと足を運んだ。階段を2階に駆け上がる迄、私はなるべく足音を高くして、余計な物音を自分の耳に入れまいと努めた。