私が外出から帰って来た時、その直後に出会った祖母の言葉だ。すると私の心には彼女に裏切られたという様な腹立たしい気持がふつふつと湧いて来た。そしてその後、私の瞼に縁側での母との遣り取りや、母と私の場面場面の様子が浮かんで来た。糠袋の動く様、その袋が取り除かれた床に、ささくれ立つ床材の目、複数の棘の様に立ち上がった鋭い針先。
「どこがよく出来ているのだ。」
ぽんと私の口から言葉が飛び出した。
私はしまったという感じで思わず父の方を見る。そこには全く動じない父の寝姿が有った。ほっと安堵の溜息を洩らす私。私は依然として静寂な儘である寝室内に安心した。
その後も私は今日の出来事を思い出す度にムラムラと怒りが湧いて来るのだった。祖母の馬鹿、母の馬鹿、皆大嫌い、等々。何時しか天井の木目に向かって、私は盛んに叫んでいるのだった。この頃になると、私の中にはここで何をしても父が起きないという確信めいた物や、誰からも咎められないという様な安心感が存在していた。
『さて、これで起きない父の方も妙だ。この家は妙な物ばかりだ。』
腹立たしくなった私は寝ころんだまま父の横顔に自分の面を向けた。
「お父さんの馬鹿。」
こう普通の声で罵声を掛けてみた。やはり思いの外父の顔には変化が無い。そこでバカバカバカバカ…、調子に乗った私は馬鹿の言葉の繰り返しである。この世の私の全ての物事の不満は父から出ていると言わんばかりの気持ちがこの時の私には募って来ていた。私は自分の不満を言葉という形にすると、こうやって父の寝顔に向けてぶちまけたのだ。
ふと気づくと、横を向いた私の目に、父のいない布団の枕が映った。おやっ、父は何処へ?と思って父の布団の上の方を覗いて見る。布団はその儘捲り上げられていないのだが、中に父の姿は無かった。何時の間に起きたのだろうと私は思った。