ちょこんと顔の真ん中にある突起だ。丸みのある本の小さなその先に触れながら、私は指でその隆起具合を探ってみる。頬からどの位高くなっているだろうか?、否、この自分の鼻に高さという物があるだろうか?。疑問に思う前に嫌な予感がする。
私は自分の顔から手を外し、その手を目の前にある父の横顔に伸ばした。彼の顔の中で一番そそり立って見えているその天辺を目指したのだ。しかし、私の腕の長さだけではそこへ到達しない事に気付くと、私は膝立して彼に覆いかぶさる様な感じで身を伸ばした。
私の指先が父の顔に到達したかに思えたその瞬間、
「ダメだよ、お父さんを起こしちゃ。」
不意に私の背後から母の声が掛かった。振り向くと、私のすぐ近くに迄もう母が来ていた。
おや、何時の間に母は2階に上がって来たのだろう?。私は怪訝に思った。音1つ聞かなかったように思う。少なくとも階段を上る音や、階段を上って直ぐに有る、この畳の部屋の隣の洋間、その洋間の板造りの床を踏みしめる音位は聞こえて来てもよさそうなものだ、と私は思った。トントン、ミシミシ、ギシッ等、そういった類の音を私の耳は全く感知しなかった。この時の私にはその事実が不思議だった。
「お母さん、来たの?。」
そう言いながら、私は不意に2階に現れた母の事を不思議に思った。彼女にはしなければいけない仕事があったんじゃないかな?。それは勿論縁側の作業だ。そこで私は不足を言う様に母に言った。
「お母さん、縁側でする事があったんでしょう。」
「如何して2階に来たの?。」
階段を上って。等、母が真面目顔で答えれば笑い話なのだが、このジョークは未だこの時の私には分からなかった。
「階段を上って?。」
私は不思議そうに彼女の言葉を繰り返した。そんな受け答えをした私に、母は詰まらなそうに顔をしかめた。彼女は、だから子供と話をしていても仕方が無いとか、お父さんに悪戯するなとか、小声であれこれ小言を言っていたが、
「眠いんだろう、ほら、布団を敷くからそこを。退きなさい。」
と、私を手振り交じりでほれほれと部屋の隅に追い立てた。
母は寝室の中央に私の布団を敷くと私を呼んでその布団に寝かし付けた。彼女は直ぐにじゃあと言うと、
「私には未だする事が沢山あるからね」
と言って、本なんか読んでやれないからねと、先程の縁で私にした様に、前以ての駄目を入れると、すっくと私の布団の横に立ち上がった。父子でゆっくり休みなさい。彼女はそう言って階下へと降りて行った。今回は注意して耳を欹てていたので、私の耳に畳の音、床の音、階段の音がたとえ微かにでもきちんと響いて入って来た。
(145、訂正済み)