「お前は人情味の無い人間だ。」
そう言って父は、お前は子供だからな、人情味が無い子だな、その言い方の方が適切だと言った。それから父はとても寂しそうな雰囲気になった。
「兄さんなら、いなくなった方の兄さんなら、自分の話をきちんと聞いてくれるだろうに。」
溜息交じりにそんな事を言う。
目の前でしんみりとした父の姿をみる事は、いかに幼い私といっても琴線に触れる出来事だった。彼が哀れに感じられた。が、如何せん、先ず父の問題を考える迄の余裕が自分には無い私だ。また、父が抱える問題の全容が私にはさっぱり分からない。如何やって彼の憂いを慰めてよい物やら、私には皆目見当も付かなかった。只々手を拱いて見ているより外無かった。…ああ、父よ、父よ、…。である。
「お祖母ちゃん、お父さんが変!。」
結局、その後の話の展開に詰まった私達親子の、重苦しい沈黙を破ったのは父だった。彼が、
「それで2階で2人で今迄何をしていたのだ。」
と言い出した。そこで私は沈黙の打開にほっとした笑みを浮かべると父に答えた。
「仲よく昼寝だよ。」
と。
私が答えると、何だと父は何やら思惑が外れた様な顔をした。父は現実が、彼が予想していた物とは違っていた物だったらしく、がっくりと肩を落とした。彼は気落ちしたように溜息交じりで腐っていたが、私がそんな父の様子を見詰める目に私の内心の不安を読み取ったのだろう。彼は自分の子供である私を見詰め返すと、安心させるように微笑した。
不意に彼は昼寝の時間だと言い出し、私を子供布団に寝かしつけた。そしてせえのと掛け声諸共に、彼は自分の布団にどんと横になり、父さんも寝るからお前も寝ろ寝ろと私に言葉を掛け、上を向いて目を閉じた。今回の彼は直ぐに高鼾になった。それは何時も私が見慣れていた騒々しい騒音を発する父の寝姿だった。私は返って父のその五月蠅い鼾に眠れなくなり、渋々階下に降りる事を決意しなければならなかった。そして父の様子が変である事を祖母に告げたのだ。