Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 170

2020-02-28 17:41:30 | 日記

 この日1つ目の訪問先のお店から退散して、私は往来に佇んだ。私は散歩の出鼻をくじかれた感じで、朝早々からやや肝が冷えた感じを覚えた。大人なら験が悪いと家に引き返す所だ。私も1度はこの儘家に帰ろうかと思ったが、気分直しに別の所を回ろうと考えた。今家を出て来た所だから嫌な気分の儘家に帰りたくないと考えたのだ。そこでここのお店なら前のお店より自分に丁寧だろうと思い、何時も上品な受け答えをしてもらえる奥さんのいるお店、通りの角に在るお店にやって来た。

「おはようございます。」

今度は前以て自分の方から挨拶の声掛けをした。私は最初の店で挨拶し損ねたのに懲りて、2度目のお店ではこちらから先に挨拶する事にしたのだ。私にすると習慣にしていた決まり文句の朝夕の挨拶が無いのは、妙に歯切れが悪い気がしていた。私は入口の扉を開いて、お店の人の姿を見た途端直ぐにこの声を掛けた。

 そんな私に、ご主人が1番に話し掛けて来た。何時もは奥さんの方が挨拶して来るのだが、勿論、時折ご主人も声を掛けて来てくれたが、奥さんの回数の比では無かった。私はご主人の方が話掛けて来たのが意外だった。何となくここのお店も何時もと違うのではないか、私は嫌な予感がした。

 奥さんはというと、にこやかに笑顔だった。しかし無口で黙っていた。やはりやや変だと私は思った。

「いやぁ、あんたのお母さんは偉いねぁ。」

ご主人は言う。いい人だねぇ、心根のいい人だ。あんないい人滅多にいないよ。あんなお父さんを、と言ったところでご主人はぐっと胸に急き上げるものがあったらしく、涙ぐんで何も言えなくなった。そうして、彼は再び言葉を続けようとしては、あ…、あ…、と、言葉を言いそうになりながら、涙に咽び言い切れ無いでいた。

 見かねた奥さんの方が、私が言いましょうかと、話し始めた。

「智ちゃん、いいお母さんに恵まれたね。」

「お母さん、お父さんの事を一生面倒看るって言ったんだってね。」

ねぇと奥さんはご主人に同意を求めるように声を掛けた。ご主人の方は言葉にならず口に手を遣り頷くばかりだ。私はぽかんと口を開けた儘そんな店主夫婦の遣り取りを見詰めていた。その内、ご主人は漸く口を開いて、偉い、偉い、…そう云ってまた言葉にならずに咽び泣き出した。

 「綺麗な人だね。」

そうご主人は言う。如何やら彼は落ち着いてきた様だ。そんな夫に奥さんの方も本当にと相槌を打った。

「智ちゃんのお母さんは美しいねぇ。」

面と向かってそう言葉を掛けられた私としては、今日は如何なっているのだろうかと、狐に鼻を摘ままれた感がした。きょとんとしていると、如何したんだろうね、智ちゃん、今日は大人しいねぇと奥さんに言われた。大人しい、否、不思議そうだねと言われた方が合っていると私は思った。

「今日は不思議だなと思って。」

私は奥さんに応えた。


うの華 169

2020-02-28 17:07:52 | 日記

 智ちゃん、そんな声掛けに、朝から縁側にいて頻りに床を見詰めていた私は、振り向いて祖母の顔を見ると、なあんだとつれない言葉を返した。丁度床の観察が興に乗り出した所だった。私は誰にも邪魔されたく無かったし祖母と話をするのが物憂かった。折角年輪の話をしても、彼女から愛想無い返事を貰いそうな気がしていた。

 私の意識の中で、もう祖母は霞つつある人だった。それは何時も彼女が身に着けている地味な衣類の様だと思った。祖母は私の世界でその価値観が目立たないものとなっていた。こんな希薄な感情を祖母に持つなんてと、そんな自身の変化に多少は罪悪感を感じたが、それも私自身のせいではないと思い打ち消した。

 その後の私は意識して祖母から遠ざかろうと思うと、顔を背けたり、気の無い返事や、頓珍漢な受け答えを返す等して、彼女からの愛想尽かしに努めた。また、私は自分の観察の時間を誰にも邪魔されたく無かった。そこで祖母に早めにこの場から退散して欲しいと考えると気が急いた。当然私の言葉は邪険で荒い物となって行った。遂には廊下を通りかかった父から咎められたりした。その為私は、祖母や家の大人が手薄な時に縁側での観察をする事にした。

 そんな数日が過ぎたある日、私は何時もの様に外遊びに出かけた。すると、驚いた事にご近所の大人達の様子が激変していた。

「やぁ、あんのお母さん、偉いねぇ。」

というような言葉から始まり。見上げた人だねぇ。立派だね。いい人だねぇ。あんないい人この世に中々いないよ。大事にしてあげなよ。等言われた。しかもこれが近所のお店のご夫婦からの、私への朝の挨拶代わりだったのだから、私は目を白黒させて面食らってしまった。おはようは?、何故無いのだろうかと、私は常とは違う彼等の対応に違和感を持った。

 母が?偉い人?、えっ、何、何の事?。という具合で、私は彼等の言葉が全く飲み込めないで困ってしまった。自分の置かれた状況がまるで分らないのだ。困惑した私は、この店の主夫婦に今言った言葉をもう1度繰り返して欲しいとお願いした。

 朝から荷解きの作業中だったらしい夫婦は、かなり忙しかったのだろうが、不承不承で、私が彼等の言葉を聞き逃したのだと思った様子になった。奥さんが仕様が無いねぇと言うと、智ちゃん、今度は確り聞くんだよと言ってくれた。そして、行くよ、いいねと、奥さんの声を皮切りに、渋々ながらご主人から2人で掛け合いの様に、…そう言った、その後はこっちが…言った、それで私が…と、口にした言葉を順に繋ぎ合わせてくれた。

 それでも、私は相変わらず彼等の言葉の意図するところが理解できなかった。眉根に皺を寄せて困り切るしかなかった。その日は本当にこのお店は忙しかった様子だった。何時も愛想のよい奥さんにしても珍しく、私に向かって素っ気なく、忙しいから帰った帰ったと荒い言葉を寄越して来た。私はすぐさまこのお店から追い出されて仕舞った。