「あら、その紙の包みは何かな?。」
家に帰ってきた私の、手の中の包みを見て祖母が言った。祖母は居間に入る前の部屋で、私を待ってでもいたかのように立ち止まっていた。
「パンという物だって。」と、私は祖母に答えた。これが食べ物だと分かっていたが、私はその時、何故かそれを食べようと思う食慾が湧いて来なかった。そんな私に、最初明るく穏やかな笑顔で迎えた祖母であったが、私のこの滅入っている様子を見ては、彼女も顔を曇らせずには済ませられなかった。それでもすぐに、彼女はまた私の気を引き立たせるように優しく微笑んで見せた。続いて私に話し掛ける声も、如何にも子供をあやすような声音で接して来た。
彼女はどれどれとパンの包みを私の手から取り上げた。
「パンだってね、これは、美味しい物なんだよ。」
そう彼女は言うと、かさかさと紙包みを広げ始めた。中からは茶色い背をしたコッペパンが顔を覗かせた。祖母は私の目の前にその食べ物を紙包みごと差し出してほらと見せてくれた。
「知ってる。」
と私は気乗り無さそうに言った。さっきお店のガラスケースの中で並んでいるのを見たから、と。
祖母は、へーっというと、私の無関心な様子に当てが外れた様子で、伏し目がちになると肩を落としがっかりした雰囲気になった。彼女はその儘何か考え事をしている様子で、心此処に非ずの態でいたが、彼女の手は無意識にそのパンを2つに分けた。そして心持小さい方を私に差し出しながら、食べないかいと言う。
私は相変わらず食欲は無かったが、祖母に逆らわずにその小さなパンの塊を自分の手に受け取った。私は手に握られた不思議な感触の食べ物を眺めていた。私が貰ったパンの割口を上に向けて覗くと、色は違うがカステラの見た目に似ていると感じた。カステラよりは柔らかく軽い感じがする。食べてごらんと祖母が促したが、私は未だそれを口に運ぶ事を躊躇っていた。1度ガラスケースの中を覗いて見ていた物だが、私には初めて出会う代物だ、取っつき難い物があった。
すると祖母は貸してごらんと、私に1度寄こしたパンを彼女の手にまた受け取り、茶色い部分の皮を指でぽりぽりと剥がし始めた。剥がした皮は包み紙の上に落とされた。祖母はその白い中身のむき出しになったパンを私の手にはいと返すと、今度は自分の手元にあるパンの茶色い皮を剥がし始めた。ぼそぼそと歪に皮が剥がれた白いパンを、祖母は手本を見せる様に自分の口へと運んだ。彼女はぱくりとそれを銜えると、もぐもぐと口を動かし、ほらお前もこうやって食べてごらんと言った。
私はやはり気が乗らなかったが、祖母の真似をして、ぱくりとパンの割り口の方に食らいついた。初めはただ銜えてみただけだったが、ふわっとした感じや、その内何かしらの味が舌に沁みて来たので、味に釣られるようにして口の中の白い部分を少々噛み切ると、もぐもぐと奥歯で噛んでみた。私にはよく分からない味だが、悪くない味だと思った。何しろ売られている食べ物だ。お金が要る物だ。と、そう気が付くと、私はお店のおばさんが言ったお代の事を思い出した。