『お金の事を話さないで食べてしまった。』
私は後悔した。
そうだ、この事が私の胸に痞えていて私はパンを食べたく無かったのだ。私がそう気が付いた時には全て後の祭りだった。私は恥ずかしさに赤面すると首を項垂れた。
そんなしょんぼりと恥じらい元気を失くした私を目の前に見て、祖母はあれこれと推量を巡らしているようだった。外で何か嫌な事があったのだろうと考えたらしく、彼女の目付きは段々と険しくなりつり上がって行った。祖母はその場に座ると、
「パンを貰ったお店で何かあったのかい。」
と私の顔を覗き込むようにして聞いて来る。
座り込んだ祖母は、まさか、あの奥さんがそんな事をする筈は無いんだがねぇと、不思議そうに首を傾げ、若奥さんにしても出来た人だから、と、否定的な声音で何やら呟いていたが、彼女の両目を見開いて不審そうに私の顔を見詰めて来る。お前何か悪さでもしたのかい?。等と、私の恥じらいと元気の無さは私自身のせいだろうと決めつける様に、これはまぁ、おやまぁと言う様な仕草で、彼女は疑いの眼になった。
「パンは貰ったんじゃない。」
ここで私は何やら不満げに内心の怒りをぶちまけた。祖母の私という人間性を疑って掛かる様な物言いに、私の怒りの緒に火が付いたのだ。訳の分らぬまま、外の大人達の悪感情に晒されて小さくなり凌いで帰って来たのだ。もう家に着いて、安堵していた私なのに、自分の祖母にさえあらぬ疑いを掛けられている様子なのだ。私は堪忍袋の緒が切れた感じだった。
「貰ったんじゃないよ。パンのお代は○円だって。」
煙草屋のおばさんがそう言っていたと、祖母に抗議する様に私が言うと、祖母はあれぇと言う様にぽかんと口を開けた。彼女は労わる様に私に寄せていた身を起こすと、背筋をピンと伸ばして正座した。
「孫にもなると、代が離れると、向こうはそうなんだねぇ。」
と嘆息した。祖母はそれではこっちもそうしなければと呟くと、それにしても私とあの人の間で…。と合点が行かない様子だった。彼女は無言で座り込んでいる。
祖母は遂には呆れ返って放心した様な状態になった。彼女は1つ溜息を吐くと、結局は他人だからねぇ、よそ様の家の子だからねぇと言うと、これが世の中なんだねぇと何だか寂しそうな涼やかな表情になった。
「家の中は涼しいねぇ。」
それでも外よりは暖かいさ。そんな事をぽつりと彼女は言った。