すると、彼の背後から玄関ドアを開けて入ってきた人物がいました。紫苑さんはその気配に気付くと、反射的に振り向きました。
「こんにちは、よいお天気ですね。」
快活な明るい男性の声でした。紫苑さんは入ってきた人物の顔をしげしげと眺めました。玄関屋内の蛍光灯に照らされた相手の顔は柔和な笑顔を湛えた青年の顔でした。
『はて、見たことのない顔だが、何処かで出会ったことがあったかしら?』
紫苑さんにはどうにも見覚えのない青年の顔型でしたから、一瞬うんとは頷きながら、見ず知らずの人間からこう親し気に声を掛けられるという事が不審に思えて、彼は用心して妙な顔つきをすると、声を掛けて来た青年に尋ねてみるのでした。
「何処かでお会いしましたかな?」
「歳のせいかもしれませんが、私はあなたの顔に全く見覚えがないですよ。」
そんな事を言って、相手の青年の出方をそれとなく注意して眺めていると、青年は紫苑さんの作った酷く面妖な顔付にもかかわらず、やはり快活に愛想よく返事をして来ました。
「自分はあなたとは初対面です。」
『ちょっとおかしいのかな?』、紫苑さんは思いました。彼は半歩ほど身を引くと、更に用心して相手の顔付や仕草等、その目の前の男性の雰囲気を推し量るように窺うと、これ以上この青年と関わり合いにならないようにしようと判断し、自身の身を壁側の脇に寄せ、
「図書館へ御用なんでしょう、ささどうぞ。」
と、相手が閲覧室に入りやすい様に通路を開けて、若者を先に通してやるのでした。そして、『やはり今日は散歩の方に切り替えよう。』と決心すると、館内に入るのをこの場で取り止めてしまいました。
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