青年はそのまま透明なガラス扉を押すと、何事も無かったように館内へと消えて行きました。蛍光灯に晒された図書館の狭い玄関内には紫苑さん1人となりました。彼はほうっと詰めていた息を吐き出しました。
『世の中いろいろあるからなぁ。』
図書館から出て来ると、彼は目の前の道を左に取り、図書館の建物が建っている公園内部に向かう散策コースへと向かいました。公園内をふらふらと当てもなく散策し始めた紫苑さんは、気に入っている石碑のある場所へ歩を向けました。ぽかぽかとした日差しを顔に受けながら、彼は道々あれこれと今の一件を考えていました。
『何かの詐欺に出合う所だったのかもしれない。』
人の好さそうな青年だったがなぁ、ああいうタイプが危ないのかもしれない。そんな事を考えてみました。石碑の前に来て、彼は近くの日当たりの良いベンチに腰を掛けました。ぽかぽかと背中に当たる日差しが心地よく、もう春だなぁと嬉しく感じました。辺りには時折、同じように早春の日差しを愉しむ散策者が、ゆうるりとにこやかに歩んで行きました。
「また暑い季節がやって来るなぁ。」
夏の海、強烈な太陽に眩く輝く世間、半袖シャツ、麦わら帽子等々、目の前に浮かんで来ると、彼には連想的にお盆の墓参りの場面が目に浮かんできました。ふぅ、彼は溜息を吐きました。地面に目を落とすと、芝生の枯れ草に混じった細かな緑がくっきりとした形を取り、1つ1つが彼の目に入って来ます。それはしみじみとして目に浸みて来るようです。
すぅっと彼の心に隙間風が吹きました。冷え冷えとした孤独感が彼を捉えたのです。ベンチに1人腰かけた彼の脳裏には、細君と過ごした過去の色々な場面が走馬灯のように浮かんで来ました。
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