Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 51

2019-09-17 09:21:19 | 日記

 「『清水に魚棲まず』と言ってな、綺麗な水に魚は棲まないというんだ。」

廊下から居間に入って来た私に不意に父はこの言葉を言うと、続けて語りだした。

「あまり潔癖な人間は人から好まれない、好かれないものだ。何でもあんまりきちんとしない方がいいぞ。」

何だか、何時も父が話によく使う諺の引用、その私には耳新しい格言から始まって続いた突然の話は、私にはよく理解出来なかった。そんな私にお構いなく、父は分かったなと言った。そしてそのままポカンとした私を後に場を発つと、何処かへ姿を消してしまった。「だからあれもあんなになるんだ。」そんな独り言の言葉を呟きながら父は家からいなくなった。

 その後、私が再び父を見かけたのは同じ場所だった。階段のある部屋で、祖父母の部屋の入り口には祖父が立っていた。父は祖父と話をしていたらしい。あれこれと自分の父に何かを進言しているらしかった。

「だから、何とかしないと、あれも私同様で仕事が続かないだろう。勤めを辞めるんじゃないか?。」

そんな事を言っている。祖父はあの子はお前と違うとか、だから母さんがその話で出かけている等と応対していた。

「それにしても、」

祖父は言った。あの子の事はお前とは関係ないだろう。先ず親である私達が対処する問題だ。弟の出る幕じゃない。等と何だか怒ったように忠告している。私の父はそう言われると言葉を切って無言になった。

 何事だろうと私は思った。父と祖父が何だか口喧嘩しているようにも見えたからだ。心配そうな私の視線に気づいた祖父は、

「まぁ、この問題は母さんがうまく処理して来るだろう。あれに任せておきなさい。」

とにこやかに私に視線を送ると言った。祖父がそう言うと、父も祖父の声音や視線の様子から私に気付き、「まあそれなら大丈夫なんだろうさ。」と複雑そうな顔付で視線を下に落とすと話を終えた。私は2人のいる部屋を通り過ぎて玄関へと回った。外遊びに出る所だった。履物を履き戸口に向かう私の耳には、また同じ話で何かしら祖父に進言するらしい父の声が聞こえ始めた。

 何日かして、私が外遊びから帰って来ると居間の障子の前に男の人が1人いる事に気付いた。穴の開いている障子戸の前だ。私はその見知らない男性に驚いたが、商売で家にやって来た人なのだろうと思い、その人の後ろを通り過ぎて廊下から台所へと向かった。それでも玄関迄では無く、居間にまで入り込んでいるその人に注意が向いた。居間にいた男の人はそんな私の事には全く気付かない状態だったらしく、一心に障子の穴を見詰めていたようだった。

 その何日か後、私がふと気付くと障子には穴が3個開いていた。私は驚いた。母だろうか?、また私のせいにされるのだろうか?、私は嫌な気分になった。果たして、その穴に私が気付いた1、2時間後、智ちゃんちょっとこっちへおいでと言うと、父が私を先導して廊下を居間へと向かった。父の言葉はにこやかだったが、進む方向から私は多分あの事だと考えたので父の先手を打った。

「障子に3個穴を開けたのは私じゃない。」

父の両肩は一瞬冷っとした感じで上がったが、その後やや間があって

「3個。」

3個と言ったのか、お前は?。と言う。そして、そうか、新しく3個の穴をお前が開けたんだな。等と言うので、しかめっ面をした私は「新しい穴は2個でしょう。」と答えた。父はここで初めて歩いていた歩を止めた。彼は私に向いて振り返ると、

「障子の穴は4個だよな。」

と合点がいかないという顔付で私の顔を覗き込んで聞いて来た。

「3個でしょう。きっき私が見た時3個開いていたから。」

私が言うと、父の顔は鳩が豆鉄砲を食らったという様な顔付きで目を丸くした。

「3個?、私が見た時には4個だったがなぁ。」

父は首を捻り、何やら考え込む風になったが、すぐに論より証拠だと言うと、付いておいでと、また私を前のように後ろに従えて廊下を進み出し、問題の障子襖の前に立った。


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