2016.5.8(日)
この日からディネスさんのバイクにまたがっての世界遺産まわりが始まりました。
今日は、スワヤンブナート、ボーダナート、パシュパティナートの3か所を回る予定です。
スワヤンブナート寺院はカトマンドゥのタメル地区からも歩いて行けるのですが、日程の都合もあり歩きで行くのは断念しました。
バイクで着いたところは、初めてディネスさんと行った時と同じ、池の中に立つおしゃかさまのいらっしゃる西の門でした。(入場料 200ルピー)
そこからは本に書いたのと同じ時計まわりで歩き始めました。
文殊菩薩の寺のあるところをめざしますが、ほんの少々なのですが、上り坂になっています。
家での階段の上り下りは問題ないのですが、ここは階段の幅も違うせいか、急ぐと息が切れ、普段の運動不足が身に染みました。
文殊菩薩はヒンドゥー教では弁才天(=学問の神さま)として敬われています。
ここの被害はほとんどなかったようです。 2007年、8年ころより豪華な造りになっていました。
でも、私は豪華になった今より以前のシンプルなものの方が好きです。(2008.12月のもの)
ぐるっと回って、今度は下って行くので余裕がありますので下の街並みを眺めたりしましたが、何とこの10年で住宅のふえたこと増えたこと、それにカラフル・・・。(お天気も悪く写真はうまく撮れませんでしたが)
山には猿も多いのですが、ナツツバキのような花が足もとにたくさんおちていました。見上げるとこの花の咲く大木があっちにもこっちにもたくさんありました。
ジャカランダのように派手ではありませんが、山全体がネパールの5月を祝福しているようでした。
5大如来のあるチャイティア(ストゥーパの小さいもの)は健在でした。
(このとき写真を撮らなかったため、これは2008.12月のもの)
次に向かったサンティプール(五大エネルギーの “空”を表すところ)はひどいことになっていました。
鬼のような顔をした彫り物はシェプといい、寺院を守っている想像上の動物。その食べ物はヘビということです。
その前にあるイケメンのお釈迦さまも健在。
着いたところがストゥーパのあるところ。 ストゥーパは健在だったようですが・・・。
その横にあったはずのチベット仏教の僧院、カルマラーズゴンパがきれいになくなっていました。 地震の起こった時間(午前11時ころ)からして、お祈りの最中だったお坊さんやお参りの人などもたくさん亡くなられたようです。
ゴンパに入ってすぐのところにあった弥勒菩薩はこんなふうに外に置かれていました。
その隣にあったはずのパドマ・サンババの像はありませんでした。
テレビのニュースでは、ストゥーパの前にあったプルタープ・マッラ王の二人の女王様の塔のうちの一つが倒れてなくなってしまったということが放送されていましたので一つはないのは知っていました。
この塔は近くからではなかなか写真には撮れず、これは2009年4月にカトマンドゥのダルバール広場を通って歩いて行ったときに遠くから写したものです。(遠くからでしたのでぼんやりとしかとれませんでした。) この右側の塔が倒れてしまったのです
土台だけがトタンで囲われていました。復元されるのかどうかはわかりません。
5大エネルギーの “風” を表す、ヴァーユプール(小さな建物)も少し崩れていました。
スワヤンブナートはもともとネワール仏教の聖地ということですが、一つだけヒンドゥー教の寺院があります。それが、子供の守り神を祀っているハルティマタ寺院ですが、健在のようでした。
寺院前では今日もお参りの人が儀式を行っていました。(このあたりでも写真を撮ったはずなのですが、なぜかありません・・・。)
ここからは入場した西門に向かって歩き、スワヤンブナート寺院をあとにし、ボーダナートに向かいました。
スワヤンブナートの手前にヴィシュヌマティ川が流れていますが、帰りに見るとその橋のたもとの寺院もこんなことになっていました。
この日からディネスさんのバイクにまたがっての世界遺産まわりが始まりました。
今日は、スワヤンブナート、ボーダナート、パシュパティナートの3か所を回る予定です。
スワヤンブナート寺院はカトマンドゥのタメル地区からも歩いて行けるのですが、日程の都合もあり歩きで行くのは断念しました。
バイクで着いたところは、初めてディネスさんと行った時と同じ、池の中に立つおしゃかさまのいらっしゃる西の門でした。(入場料 200ルピー)
そこからは本に書いたのと同じ時計まわりで歩き始めました。
文殊菩薩の寺のあるところをめざしますが、ほんの少々なのですが、上り坂になっています。
家での階段の上り下りは問題ないのですが、ここは階段の幅も違うせいか、急ぐと息が切れ、普段の運動不足が身に染みました。
文殊菩薩はヒンドゥー教では弁才天(=学問の神さま)として敬われています。
ここの被害はほとんどなかったようです。 2007年、8年ころより豪華な造りになっていました。
でも、私は豪華になった今より以前のシンプルなものの方が好きです。(2008.12月のもの)
ぐるっと回って、今度は下って行くので余裕がありますので下の街並みを眺めたりしましたが、何とこの10年で住宅のふえたこと増えたこと、それにカラフル・・・。(お天気も悪く写真はうまく撮れませんでしたが)
山には猿も多いのですが、ナツツバキのような花が足もとにたくさんおちていました。見上げるとこの花の咲く大木があっちにもこっちにもたくさんありました。
ジャカランダのように派手ではありませんが、山全体がネパールの5月を祝福しているようでした。
5大如来のあるチャイティア(ストゥーパの小さいもの)は健在でした。
(このとき写真を撮らなかったため、これは2008.12月のもの)
次に向かったサンティプール(五大エネルギーの “空”を表すところ)はひどいことになっていました。
鬼のような顔をした彫り物はシェプといい、寺院を守っている想像上の動物。その食べ物はヘビということです。
その前にあるイケメンのお釈迦さまも健在。
着いたところがストゥーパのあるところ。 ストゥーパは健在だったようですが・・・。
その横にあったはずのチベット仏教の僧院、カルマラーズゴンパがきれいになくなっていました。 地震の起こった時間(午前11時ころ)からして、お祈りの最中だったお坊さんやお参りの人などもたくさん亡くなられたようです。
ゴンパに入ってすぐのところにあった弥勒菩薩はこんなふうに外に置かれていました。
その隣にあったはずのパドマ・サンババの像はありませんでした。
テレビのニュースでは、ストゥーパの前にあったプルタープ・マッラ王の二人の女王様の塔のうちの一つが倒れてなくなってしまったということが放送されていましたので一つはないのは知っていました。
この塔は近くからではなかなか写真には撮れず、これは2009年4月にカトマンドゥのダルバール広場を通って歩いて行ったときに遠くから写したものです。(遠くからでしたのでぼんやりとしかとれませんでした。) この右側の塔が倒れてしまったのです
土台だけがトタンで囲われていました。復元されるのかどうかはわかりません。
5大エネルギーの “風” を表す、ヴァーユプール(小さな建物)も少し崩れていました。
スワヤンブナートはもともとネワール仏教の聖地ということですが、一つだけヒンドゥー教の寺院があります。それが、子供の守り神を祀っているハルティマタ寺院ですが、健在のようでした。
寺院前では今日もお参りの人が儀式を行っていました。(このあたりでも写真を撮ったはずなのですが、なぜかありません・・・。)
ここからは入場した西門に向かって歩き、スワヤンブナート寺院をあとにし、ボーダナートに向かいました。
スワヤンブナートの手前にヴィシュヌマティ川が流れていますが、帰りに見るとその橋のたもとの寺院もこんなことになっていました。
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