寺沢恒信さんの『意識論』に紹介されている話で、「思考とは何か」という話の事例です。
【 北極地方の雪原に住む白ギツネを捕るために人間がつぎのような仕掛けを考えた】というふうにして話がはじまります。
雪原の上に木の台を置き、そこに弾丸をこめた銃を固定します。銃の後部に滑車を付け丈夫なヒモの端を引き金に結びもう一方の端を銃の前面にのばしてきて先に肉を結び付けます。〈人間の狙いがわかりますね〉
【 白ギツネが来て肉をくわえて引くと、】肉→ ヒモ→ 滑車→ ヒモ→ 銃の引き金→ という順で銃口から弾丸が前にいる狐に当たり白ギツネが死ぬ、のでした。
さて、白ギツネはこの経験から学ぶのです。
【 そのうち銃は発射されているのに肉だけ取られて白ギツネの死体はどこにもない、〜調べると銃口の前の雪に穴を掘ったあとがある。白ギツネは銃口の前に穴を掘って自分はその中に入り、口さきだけを穴から出して肉をくわえて下向きに引いたのである。ひもは引かれ、引き金が動いて銃は発射されるが、弾丸は穴の中にいる白ギツネの頭の上をとびこし、白ギツネは無事に肉を取ることができたのである。】
死んだ狐は殺されたという事実を通じて後に続く仲間の学習材料になっているのです。
【 白ギツネは他の個体がうたれて死んでいるのをみて(知覚して)、これにもとづいて銃口から危険物が水平に飛び出すということを分析し、穴を掘って自分の身体の位置を低くすることによって危険物をさけるという問題状況の解決をみいだしたと考えられる〜】
寺沢さんは、【 考えられるが、そうだとすると白ギツネの思考能力は相当なものである。】と。
本当にそうだと思います。
仲間の死から学んで、生き続ける道を開いた白ギツネ、ヒロシマ・ナガサキの死者をはじめ戦争の経験から学ぶべき日本人。問題状況の解決に日本人の「思考能力」が大きな役割を果たさなければならない、と考えます。