12月16日
私の小学校の時からの親友の1人で彼女のお母さまが私にピアノの先生だった旧姓Oさんにやっと会うことができました。
前回会ったのが何年前だったのか二人とも思い出せないくらい昔です。最後はオペラシティで食事した時だと思うけど・・
彼女のお宅やお母さまのお宅にも遊びに行ったことがあるけれど、それはもっと前。会おうと思った時、彼女は北海道で
スキーの骨折で重傷で、北海道に何カ月も取り残され、2回も手術したとか。その後も会えるかと思ったら、コロナの時代に
なって・・・10年振りどころではなく15,6年ぶりかもしれないけど、やっと再会できました。
私が織をやるきっかけを作ってくれたもの彼女のお母さん。とてもかかわりの深い友達です。ずっと肝臓を悪くしていたのですが
薬が開発されてそちらの方は完治したとのこと。
午後は用事があるので朝はどんなに早くてもいいということで9時半に金沢文庫に着くように出かけました。
運転免許を返納してしまったとのことで何とタクシーで駅まで迎えに来てくれていました。彼女のお宅はお父さんが外国航路の
船長さんをしていて定年後東京湾の水先案内をしていたので海が見えるところに引っ越しました。彼女も結婚してから
同じマンションに越してきていました。
ベランダからの素晴らしい眺めです。とてもいい天気で暖かい日でした。サンタ・ルチアやオー・ソレ・ミオ
でも歌いたくなるような広がりです。
彼女に会うのはピアノをまた始めたいからでした。社会人になりたての頃、すでに結婚していた彼女の家に
ピアノを習いに少しだけ行っていました。シューマンの「トロイメライ」が弾きたくて、指の取り方とか
習って、あとはレコードを聴いてあれこれ騒いでいました。
その延長ではないですが、今回50年ぶりにピアノが弾きたくなったので、相談に行って、習いたいと思ったので
とにかくお会いしたいと思っていました。それがなくてもずっと会いたかった友人でした。
しばらくお茶をして話していたのですが、ピアノの部屋に移動して、彼女はブラームスの曲を連弾しようと
言うのですが、とにかくピアノに50年も触れていなくて、娘が全く弾かなくなった開かずのピアノは状態がすごく悪そうです。
防音室でもなく、消音ペダルだけで練習してました。
きっかけは山歩きの友人からメンデルスゾーンのエレジーをいい曲だよと教えてもらったことからです。自分で弾けたらと
思いました。最初はやさしい曲からでないととにかくお茶の稽古よりももっとブランクがあって、全く弾けるかどうかわからない
状態でした。北村朋幹がアンコールで弾いたシューマンの子供のための曲がとてもよくてまずそれからと、彼女が用意して
くれたいたユーゲントアルバムから「小さな練習曲」を教わりながら1回おさらいしました。楽譜を読むのも50年ぶり?
歌は楽譜を見ても譜読みで歌ってはいませんでした。
後はこんな曲が好きというと彼女がシューベルトのソナタや即興曲のさわりを弾いてくれたり、最近行ったキーシンの
コンサートの話やヴァイオリンだったらレオニダス・カヴァコスがいいと話していました。私もカヴァコスは実際には聴いて
いないけどYouTubeでブラームスを聴いていいと思っていいたギリシア人のヴァイオリニスト。音楽の話も話せる人が少ないので
お互いにとても楽しかったです。彼女は中学校の音楽教師をしていたことがあったので、ご主人も先生でしたが、クラシックが
大好きな人で趣味がすごく合うとのことでした。彼女のお気に入りのテノールは元はホルン奏者のクラウス・フロリアン・
フォークトでローエングリンとか見たとか。ワグナーはなかなかヘビーで昔録画してもまだ全部通してみたオペラがありません。
近くの海鮮のお店でランチを取りました。彼女は最近味を感じなくなってしまって、歯の具合がわるいせいか、薬のせいか
舌の洗浄のせいかわからないとのこと。味があまりわからないのはつまらないと言っていました。人生の楽しさ半減します。
でも性格はもともと底抜けに明るいと思うので、心身ともに元気になってほしいです。
帰りは前にはなかったモノレールで八景島まで行って、京浜急行で帰りました。
最初、彼女は八景島シーパラダイスにでも案内しようかと思って下見に行ったら、ジェットコースターに一人しか
乗っていなくて、寂しくなっちゃうのでやめたと言っていました。
前は野島というそうで、私は駅名を野鳥公園と勘違いして、「うゎー野鳥がいるの?」とはしゃいでしまいました。
楽しい時間を過ごして、八景島から東京に戻りました。
帰りに都庁にある全国の観光パンフレットコーナーで、土曜日にベルカントのレッスンの後で行った銀座の大分の
アンテナショップで置いてなかった観光案内をもらって帰りました。とても充実していて、帰ってから
竹田や臼杵のパンフレットを見ていたら、楽しくてワクワクしてしまいました。奄美に行った帰りに九州も行って
みようかとの話になり、黒川温泉まで行ってその先のルートが決まっていなくて、最初国東半島はどうかとの
提案があったけど私も昔はとても行きたい場所でしたが、秘境過ぎて、今回はパスして九州横断して臼杵を
最終地にしました。彼がとらふぐなんていいねと言っていたので締めは臼杵の石仏ととらふぐで。
急に九州に目覚めてしまいました。
家に帰ってからも、Oさんと次回の曲でやり取りがあって、私が好きな無言歌集の中の曲を何曲か言うと
私にはまだ難しそうです。楽譜が真っ黒よと言われてしまいました。しばらくシューマンの子供向けから
やってみたらいいかしらね。
再会できただけでもうれしかったけれど、とにかく1曲、ピアノに触って弾けたことが嬉しかったですね。
彼女はピアノをなんとスタンウェイのグランドピアノに変えて、音がすごくいいのです。
来年がピアノ元年となりますように。あとは家のピアノ診断を待つばかりです。
前日図書館から借りてきた「老後とピアノ」。まさに私ですね。著者も40年ぶりのピアノらしいです。
花緑さんが「花緑ごのみ」で紹介してくれた元朝日新聞の論説委員や編集委員をされていた稲垣えみ子さんという方の
音楽雑誌に連載されていたエッセイがまとめて出版された本のようです。
Dec. 16 2024 Kanazawabunko
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