碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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書評した本:司馬遼太郎 『ビジネスエリートの新論語』ほか

2017年01月15日 | 書評した本たち



「週刊新潮」に、以下の書評を寄稿しました。

ヤング司馬遼太郎の名言エッセイ集
司馬遼太郎 『ビジネスエリートの新論語』
 
文春新書 929円

弘兼憲史の漫画『課長島耕作』シリーズの一つに、『ヤング島耕作』がある。主人公が新入社員だった頃から主任時代まで、その成長の日々を描いている。司馬遼太郎『ビジネスエリートの新論語』(文春新書)で読者が出会うのは、いわばヤング司馬遼太郎だ。

元本である『名言随筆サラリーマン』が出版されたのは1955(昭和30)年。著者は産経新聞文化部記者、32歳の福田定一だった。司馬遼太郎という筆名の作家が登場する直前のことだ。

本書は司馬本人が「昭和の論語を編むというオソルベキ考えはサラサラない」と書くように、ざっくばらんな口調による、肩の凝らない名言エッセイである。

たとえば、「明日のことを思い煩うな」という新約聖書の言葉を引きながら、若いサラリーマンは定年後の生活や資本主義の将来を心配するより、今日を充実させるのが賢明な生き方だと説く。「どうせ三十年後は社会保障ぐらいは仕上がっているだろうとタカをくくっておればよい」といった乱暴なもの言いが、ヤング司馬の魅力だ。

また、鍍金(めっき)を金に見せる苦労より真鍮(しんちゅう)相当の侮蔑を我慢するほうが楽だとする夏目漱石に対し、真鍮は真鍮なりの光があると主張。「その光の尊さをみつけた人が、平安期の名僧最澄だった」と、後の司馬作品に繋がる抵抗ぶりが頼もしい。

加えて本書は、実用的処世術から職場恋愛まで、約60年前のサラリーマン社会を垣間見せてくれる、貴重な同時代記録でもある。


長 新太 『これが好きなのよ 長新太マンガ集』
亜紀書房 3024円

ナンセンス絵本の巨匠が亡くなって11年。初の本格的マンガ作品集である。登場するのはトンカチおじさん、怪人タマネギ男、ガニマタ博士など、まさに長新太ワールドの住人たちだ。時空を超えたユーモア。じわりとくる不条理。単行本未収録作品も含むベスト版だ。


小谷野敦 『文章読本X』
中央公論新社 1620円

かつて中央公論社から、谷崎潤一郎や丸谷才一が同名の書を上梓している。著者はそれらも踏まえ、文章は美しさより論理的で正確であることが必要だと言う。「『細雪』の美しさは事実の美しさ」「美しい出来事に遭遇するというのも才能」などの指摘が刺激的だ。


吉村英夫 『愛の不等辺三角形~漱石小説論』
大月書店 1944円

今年が没後100年、来年は生誕150年の漱石。著者によれば、その作品の多くが「愛の形を男女三人の関係に凝縮」したものだ。『三四郎』や『それから』はもちろん、『坊ちゃん』でさえ該当する。揺れる三角形を解読し、漱石が企てた「無限ノ波乱」を味わう。

(新潮書評 2017.01.12号)