碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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正しい進化を遂げた「ドクターX」

2019年12月17日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

正しい進化を遂げた「ドクターX」

 

2012年に放送を開始した米倉涼子主演「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日-HTB)。今期がシリーズ第6弾となる。「不動の定番」などと呼ぶのは簡単だが、長年にわたって高い人気を持続するのは容易なことではない。ではなぜ、このドラマはそれが可能なのか。

シリーズ物が衰退する時、最大の要因は制作側と出演者の「慢心」にある。安定と長期化にあぐらをかき、緊張感がゆるんでいく。ストーリーがワンパターンの繰り返しとなれば、視聴者は飽きてしまう。自己模倣と縮小コピーに陥って消えたシリーズ物は数多い。

そうならないために必要なのは「現状維持」ではなく、「正しい進化」だ。ただし、ドラマの基本となる「世界観」は変えてはならない。大枠は「いつもの、あれ」でありながら、細かな部分は世の中の動きを反映させていく。しかも柔軟に変えていくのだ。それをこのシリーズは実現している。

今期の舞台である東帝大学病院では、最新のAI(人工知能)が手術の現場を仕切っている。執刀医たちはAIの指示で動くロボットのようだ。しかも、AIの言いなりになっているうちに患者の命が危うくなる。それを救うのが大門(米倉)だ。

第2話では、2人の患者の肝臓移植を連続して行う「生体ドミノ肝移植」という離れ業も披露された。しかも治療で優遇される富裕層と、病室から追われる貧困層を対比させ、「命の格差」の現状を描いていた。AIも格差社会も、今どきのリアルを巧みに織り込んだ展開が見事だ。

次が物語の重層構造化である。たとえば第4話では陸上選手の「滑膜肉腫」が主題かと思いきや、外科部長(ユースケ・サンタマリア)の母親(倍賞美津子)の「水頭症」を発見し、手術を成功させた。また第6話では「後腹膜原発胚細胞腫瘍」の少女が登場したが、彼女を自分の売名のために支援していた青年実業家(平岡祐太)の「肝細胞がん」のほうが本命の手術だった。

ある患者の難しい手術が見せ場と思わせて、途中から別の患者のもっと困難な現場へと移っていく。2階建てのストーリーというか、「1話で2度おいしい」贅沢(ぜいたく)を楽しめるのだ。

大門の天才的外科手術と組織内の人間模様。いつもと変わらぬ「ドクターX」ワールドを堅持しながら、適度な「新規性」や「意外性」を盛り込んでいく。その絶妙なバランスこそが、このドラマを「2010年代」を代表するシリーズの1本に押し上げている。

(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2019.12.07)