碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【書評した本】 森繁久彌 『道―自伝』

2019年12月28日 | 書評した本たち

 

 


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。

 

すこぶる付きの名文家でもあった

名優「森繁久彌」の自伝集 

 

森繁久彌

『道―自伝 全著作(森繁久彌/コレクション1)』 

藤原書店/3080円

 

俳優の森繁久彌が亡くなったのは2009年11月。96歳だった。ある世代以上の人には、それぞれの「モリシゲ体験」があるのではないか。

1950~60年代の東宝映画『社長』シリーズ。1967年から20年近くも続いた舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』。向田邦子も脚本を書いたドラマ『だいこんの花』を挙げる人もいるだろう。

いや、著名人の葬儀で、「本来なら私が先に逝くべきなのに」と弔辞を読む姿を思い浮かべる人もいるはずだ。

ただ、森繁が名優であることは知っていても、すこぶる付きの名文家だったことを知らない人は多い。

その意味で、今回の全5巻におよぶ「コレクション」の刊行は僥倖かもしれない。何しろ第1弾は森繁の文名を高めた『森繁自伝』や『私の履歴書―さすらいの唄』を収めた「自伝」集だ。

この2作を読めば、森繁久彌という「特異なキャラクター」がどうやって出来上がったのかが、よくわかる。しかもそのプロセスは、「小説より奇なり」という常套句そのままに波瀾万丈なのだ。

大正2年の生まれ。関西実業界の大立者だった父親を2歳で亡くす。旧制・北野中学に入学するが、一気に不良化。早稲田第一高等学院に転じて早大へと進む。学業半ばで飛び込んだのが東宝新劇団だ。

やがてNHKのアナウンサーとなり、満州の新京中央放送局へ。それが昭和14年、26歳の時だった。敗戦時の混乱と悲惨を満州で体験する。

本書で注目したいのは、随所に見られる独特の人生哲学だ。「昨日の朝顔は、今日は咲かない」と過ぎたことには拘らない。

俳優の仕事もまた「瞬間を生きるもので、それらは網膜に残影を残して終りである」と覚悟して臨んでいる。今を生きることに全力を注ぐ姿勢は、人気俳優となってからも一貫していた。

自伝の面白さは書かれていることだけではない。行間に漂う歴史の闇を想像するのも本書の醍醐味だ。

週刊新潮 2019.12.19号)


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