碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【書評した本】 山崎努『「俳優」の肩ごしに』

2023年01月02日 | 書評した本たち

 

 

架空の「他者」を演じる時

どう折り合いをつけていくのか

 

山崎 努『「俳優」の肩ごしに』

日本経済新聞出版 1,650円

 

俳優というのは不思議な職業だ。舞台や映画やテレビドラマで登場人物を演じることで成立する。いわば「他者」になるのが仕事だ。

その時、本人の中で実在の自分と架空の誰かの関係はどうなっているのか。以前から知りたいと思っていた。

本書は著者初の自伝だ。しかし幼少期から86歳の現在までの軌跡を綴った、単なる回想記ではない。独自の俳優論や演技論が披露されていく。

まず、「役柄」について。数えきれないほどの出演作があるが、役を自分で選んだことは一度もない。それは「突然天から降ってくるように与えられるべき」だからだ。

人は自分が望む環境に生まれるわけではない。他者から与えられた諸々の条件や、決まった枠のなかでやっていくしかない。その意味で、実人生と俳優業の原理は似ており、「そこがおもしろい」と言う。

また、「演技」に関しても自身の性格との重なりがある。演じる人物が持つ「世の中とうまく折り合えない部分」を見つけて、そこからキャラクターに入っていくのだ。

俳優養成所で学んでいた頃から、わかり易く説明過剰な演技への違和感があり、周囲と折り合えなかった山崎。初舞台での感想も「自分の仕事、自分の人生が世界の中心と思うようなバカになってはアカン」だった。

出世作となった黒澤明監督『天国と地獄』で演じたのは、誘拐犯の竹内銀次郎。

狭いアパートの窓から見上げる豪邸で暮らす、権藤金吾(三船敏郎)を憎むあまりの犯行だった。竹内の「青臭い心情」や「持て余している苛立ち」には、若き日の山崎自身が投影されていたのだ。

本書では黒澤作品はもちろん、和田勉演出『ザ・商社』や山田太一脚本『早春スケッチブック』といった名作ドラマ、さらに『ヘンリー四世』や『リア王』などの舞台作品についても語っている。

「与えられた役柄のなかで生きている」俳優であり人間である、山崎努がそこにいる。

(週刊新潮 2022年12月22日号 )