碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【旧書回想】  2021年4月前期の書評から 

2023年01月27日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】

「週刊新潮」に寄稿した

20214月前期の書評から

 

 

平岩弓枝『嘘かまことか』

文藝春秋 1430円

『御宿かわせみ』シリーズなどで知られる著者。脚本家としても朝ドラ『旅路』や『肝っ玉かあさん』といった人気作を生んできた。90歳の現在も健筆は変わらない。この最新エッセイ集では、神社の一人娘だった少女時代から恩師・長谷川伸との交流まで貴重な思い出が語られる。さらに「損得勘定だけでは世の中の歯車はうまく回らない」と世相にも言及。滋味あふれる幸福論になっている。(2021.03.10発行)

 

沢野ひとし『真夏の刺身弁当~旅は道連れ世は情け』

産業編集センター 1210円

相変らず、なかなか旅に出られない。そんな不満を埋めてくれる旅エッセイ集だ。表題作は高校時代に親しくなった割烹料理屋の娘との成田山参りだが、甘酸っぱい話はこれだけだ。「自由の場」「思考する場」としての山登り。北京で建築を、ハイラルで餃子を堪能する物見遊山の旅もいい。また長期滞在のロスアンゼルスでは、暮らすような旅の面白さも知る。旅の思いに「賞味期限」はないと著者。(2021.03.15発行)

 

岩瀬達哉『キツネ目~グリコ森永事件全真相』

講談社 1980円

1984年3月、江崎グリコの江崎勝久社長が誘拐・監禁された。やがて自力で脱出したが、会社への脅迫が開始される。犯人グループは「かい人21面相」を名乗り、前代未聞の劇場型犯罪として世間を騒がせた。本書はこの未解決事件の真相に迫るノンフィクションだ。警察や被害者側の新証言はもちろん、犯人たちと格闘し拉致された人物への取材が光る。何人もの人生を変えてしまう難事件だった。(2021.03.09発行)

 

白取千夏雄『「ガロ」に人生を捧げた男~全身編集者の告白』

興陽館 1430円

元『ガロ』副編集長の白取千夏雄が亡くなったのは4年前。51歳だった。本書はその2年後に出版された自伝『全身編集者』の復刻版だ。白取は名物編集者だった長井勝一の薫陶を受けた、自称「最後の弟子」。90年代末の『ガロ』休刊や青林堂の分裂騒動にも深く関わった。その後、2005年に白血病となり、さらに癌を抱えるなど波乱の人生が続く。伝説の漫画誌に半生を投じた男が放つ、捨て身の光芒。(2021.03.15発行)

 

向田邦子:著、碓井広義:編『少しぐらいの嘘は大目に~向田邦子の言葉』

新潮文庫 605円

ドラマ『寺内貫太郎一家』『阿修羅のごとく』の脚本家であり、エッセイ『父の詫び状』や小説『思い出トランプ』などでも知られる向田邦子。今年は「突然あらわれてほとんど名人」と言われた彼女の没後40年に当たる。本書は「全作品」から精選された名文・名ゼリフをテーマ別に編んだ、文庫オリジナル。「女のはなしには省略がない」をはじめ、鋭い観察眼から生まれた刺激的な言葉が並ぶ。(2021.04.01発行)

 

大塚英志『「暮し」のファシズム~戦争は「新しい生活様式」の顔をしてやってきた』

筑摩書房 1980円

コロナ禍が続く中、「新しい生活様式」「新しい日常」といった言葉にも慣れてしまった。だが、批評家である著者は「戦時下」との類似を警戒する。1940年に近衛文麿が発足させた大政翼賛会。この「新体制運動」は第二次世界大戦への参画準備だった。著者は当時の婦人雑誌、小説、新聞まんが、女学生の制服などを検証し、「生活」や「日常」が国策に組み込まれる過程を明らかにしていく。(2021.03.15発行)

 

竹宮恵子『扉はひらく いくたびも~時代の証言者』

中央公論新社 1650円

竹宮恵子は日本を代表する女性漫画家の一人だ。石ノ森章太郎に熱中した少女時代から現在までの半生を語っている。萩尾望都など仲間でライバルたちとの交流。作品との格闘。特に『風と木の詩(うた)』や『地球(テラ)へ…』などの名作が生まれるプロセスの回想は貴重だ。90年代に入ると、竹宮は「古典」や「歴史」の描き下ろしに取り組む。戦後マンガの歴史と共に歩み、今も挑戦を続ける姿勢が刺激的だ。(2021.03.25発行)